007 おっぱい回数券

ルーズリーフを等分した、切り口のほころんだ紙片をくれたのは俊だった。

「俺には女がいるし、どちらかといえば足首派だから」

貸したノートのお礼らしい。

『おっぱい回数券』

間の抜けた文言の下には美和の名前と日付。8/8とあった。先週、美和がテキーラの飲み比べで負けたらしい。あいつに勝てる奴がいるのか。大学は広い。

「そのときの罰ゲーム。券を出せば美和の胸をもんでいい取り決めになっている」

「ひどいな」

彼女がいるから。足のほうが好きだから。なるほど。

俊はそれじゃあと席を立つ。「どうするかはお前に任せるよ」委ねられても。

俺は彼女が書いたレポートのコピーを引っ張り出した。文字を見比べる。どちらも"は"の字に独特のクセがある。やはり、俊が勝手に発行したものじゃない。美和が書いたんだ。

あの二人がグルになって俺を騙している可能性はないだろうか。あいつらは仲がいい、腹が立つくらい。俊が思いついて美和が書く。回数券を差し出す俺をあざけるつもりか。いや、二人とも頭は良いけれどそこまで悪質じゃない。あいつらは、きちんと冗談を選ぶ。

そもそも俊は俺の気持ちを察している。俺の片思いを知っている。それは、たぶん、美和も。

いくらなんでもと首を振る。

堂々巡りだ。どれだけ読んでも俺は俊を敵に回したのだろうかという問いに帰ってきてしまう。

直接たしかめるより他にないのか。「これ本物?」解決に至る道のりは一息分の距離しかない。

もしも本当だったら。揉めるのか? 俺が、美和の? 俊に大きな借りをつくることになる。ならない。問題はそこじゃない。美和の気持ちを考えれば俺はチケットを破棄すべきではないだろうか? あいつが嬉しくないことはしたくない。でも、無効にするなら券の真偽を確認する必要がなくなる気もする。

「なんだよこれ」

机に叩きつける。ひるがえった裏側には期限が記載されていた。

『有効期限:彼氏ができるまで』

どうしろっていうんだ。俺は頭を抱えた。

期限付き。ぼんやりとカレンダーに目をやる。大学の夏休みはフランス映画のようにだらしない。だから間違えた。

先週は、八日なんかじゃない。

俊が勘違いをしていないなら、チケットに書かれている8/8は日付ではないことになる。

通し番号か? コピー用紙の左すみに券を置いてみる。ちょうど八等分。

八枚存在するのか?

回数券はその場にいた八人に配られた。そうだ、回数券だ。一枚なら回数券とは呼ばない。美和は俺を含む八人に胸を揉まれるのか。

だんだん腹が立ってきた。

美和を呼び出した。

「これ本気?」

喫茶"暁"の冷房はぶっ壊れていた。客は俺たちしかいない。グラスの中の氷がドロドロに溶けていく。秒刻みで薄くなる珈琲。

「うん」

「突っぱねる気は?」

「約束は、できるだけ破らないようにしている」

どうしても胸に目がいってしまう。ちくしょう。もみてえ。

「有効期限が悪趣味だね」

「彼氏がいたら悪いじゃん」

「誰か使った?」

「まだ」

「抵抗ないの?」

「嫌に決まってる」

もしも美和が回数券を反故にするつもりなら話は早かった。でも美和の決意が一番楽な道を埋め立ててしまったから、俺はもうひとつの方を選ぶしかなかった。

「わかった」

「何が?」

「俺と付き合ってくれ」

「え?」

「駄目か?」

「無効にするために彼氏役を演じてくれるってこと?」

「そうじゃなくて」

本当はそれもありだと考えていた。会うまでは。話をしているうちに美和が頷かないとわかった。

「なんでそんな投げやりなの? 嬉しくない」

たしかにろくでもないタイミングだ。今の俺はどっからみても嘘くさい。

「嘘をつくくらいなら回数券を使うと思わないか?」

俺は何をいってるんだろう。

「これいらないから付き合って」

どんな交換条件だ。

「振られてもじゃあチケット使うっていわない。この場で捨てる」

もう、駄目だ。俺は駄目だ。

「いいよ」

顔をあげた。いつのまにかうつむいていた。美和が笑っていた。

「耳が真っ赤だから、いいよ」

なんだよそれ。

 

――これ本気?

――うん

思えば、美和との会話は少しだけおかしかった。俺はきちんと回数券をみせていない。美和は通し番号を確認できなかったはずなのだ。つまり、美和は俺が誰からチケットを譲り受けたのかも知らなかったことになる。チケットを手放した男は美和が好ましく思っている奴かもしれないしそうじゃないかもしれない。「誰からもらったの?」なぜ美和は確かめなかったのだろう。

おっぱい回数券が最初から一枚しかなかった可能性は。俊と美和が俺を騙した可能性は。

いつまで経っても勇気を出さない俺に業を煮やしたどちらかあるいは両方が。

怖くて訊けない。

「チケット、回収しなくて大丈夫かな?」

「大丈夫だよ。あたしたちのことはみんな知ってるから」

「そっか」

「うん」

「美和」

「ん?」

「あーいうことはもうやめてくれ」

「ずっと一緒なら」

俺は少し考えてから訊いた。

「胸さわっていい?」

「駄目」

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