「妊娠したらおっぱい大きくなるよ〜」と、冗談交じりによく言われていた。
慰めになってないからそれ、とか思いつつ、少しは期待してたりして。
なるほど。大きくなる。臨月が近づくにつれ、それなりにかなり。いっときの事とは知りながら、やっぱりちょっと嬉しい。
大きくなった胸よりもずっとお腹が突き出して来る頃には、中から蹴飛ばす乱暴者の居候。下宿代取るぞこのやろう。
予定日に遅れること二週間、一生にこれほど痛いことってそうはないぜという数時間に及ぶ間歇的痛みの後、午後四時六分無事出産。
めでたいも何もなく、ぐったりと脱力。全力を出し切っていい仕事しました、という快い疲労感と達成感。疲れ切って、すっぴんで、汗まみれ。にもかかわらず、我ながらいい顔してるだろうなと思った。
しばらくして、助産婦さんに言われ、恐る恐る抱いて乳首にあてがってみたら、けっこうしっかり吸い始めた。目も開かず、つい二十分前まで食事はおろか肺呼吸さえしてなかったヤツが。
その助産院は母子同室だ。二人っきりの、最初の夜。
夜中に、泣く声で目覚める。おしめは濡れてない。まさかもうお腹が空いたのか?と思いながらおっぱいをやってみたら、もうぐいぐい飲む、飲む。なんかすごい。
翌朝目覚めたら、乳房が張ってすごく痛い。お前の仕事だろうとヤツに飲ませようとしたら、固すぎて乳輪部分が口に入らず、飲んでくれない。
パンパンに、というより、もうカキンコキン。乳房が中身いっぱいになると、半球形でも半紡錘形でもなくて、上から見ると丸みを帯びた五角形。正五角形の下が寸詰まりな感じの形だ。変なの。
助産婦さんが湯で絞ったタオルと洗面器を持ってきて、乳房をくるんで温めつつマッサージし、母乳を絞ってくれた。乳房マッサージというのだそうだ。気持ちがいい上痛みも張りも急速に治まった。さすがプロ。なまじな男のテクなど比較にならない。
退院して一カ月で保育所入所。せっかく母乳が出るのだ、母乳バッグというチャック付きビニール袋に母乳を絞って冷凍したのを毎日持参。保育所では、それを人肌に温めて哺乳瓶で飲ませてくれるのだ。
最初は搾乳機という、針の代わりにカップの付いた巨大注射器みたいなので絞っていたが、案外上手く絞れない上殺菌も面倒だ。慣れれば自分の指で絞った方が楽。殺菌したコップで受けていたのを、さらに横着に母乳バッグに直接絞り込む。聞いたことがない人が多いだろうがシュー、シュー、と音がするのだ。乳房を絞るのではなく、肌色の肌と乳輪の境目あたりを圧すのがコツ。固く張っている時はかえって出にくいが、刺激しているとやがて迸るように出てくる。そんな時はもう圧力で自動的に噴き出すのがおかしい。
夜遅く母乳を絞っていたら、義母が、母乳がよく出るようにと温めた牛乳を持ってきてくれた。ありがたくはあるが、上から牛乳を入れつつ母乳を出すというのが妙な気分だ。まるで母乳製造機。ヤツにとってはまさにその通りなんだろうけど。
産休も終わって職場に復帰したら、昼過ぎにはかんかんに張った乳房がヤツの唇を求めて泣く。もったいないなと思いながら休憩時間に洗面所に絞って捨てていたが、ヤツの飲む量が増えて家では絞るほどの余裕がなくなり、他の女性が目を丸くするのもかまわず母乳バッグに絞り入れる。珍しいものを見せて悪いな。
保育所にかけつけるなり、張った乳房を鎮めてもらうべく即授乳。お互いの至福の時間である。
あまり言われていないが、実は授乳、特に乳房が張っている時の授乳は、人生で一、二を争う快感である。人間の三大欲求と比べるよりは、限界間近な時の排泄の快感を十倍にした感じ、というのが当たっているか。母乳で育てると体形が崩れるとか乳房が縮むとか言うが、それと引き替えにしても悔いはないほどだ。
ヤツも待ってましたと吸い付くなり、真剣な顔で飲む。両手は乳房を抱え込んで適度な圧迫で刺激しつつ、乳首から乳輪まで頬ばって唇と歯茎と舌と上顎をそれぞれ上手に使い、リズミカルに吸うという高度な複合技を難なくこなす。生まれながらのテクニシャンだ。
「授乳」=乳を授けると書く。だがこちらからすると、与える快感もあるのだが「吸っていただいている」という感覚も確かにあるのだった。
一年数ヵ月(お互い未練がましくて)に及ぶ授乳期間を終え、今はもう見る影もない大きさ。妊娠前より明らかに縮んだ。しかも中は肉ではなく流体が入っているかのように柔らかくなった。
近頃ヤツは、他人と自分の母親を比べることを覚えた。
「おかーさん、おっぱいちーさいねー」
うるせえ。誰のせいだと思ってんだ。
寂しくないと言えば嘘になる。しかし、悔いはない。
授乳。それは、男には決して味わえぬ、恋愛よりセックスより子育てより気持ちいい、しかし(また妊娠しない限り)二度と取り戻せぬ女の幸せなのだった。