例えば何かの話しの流れで「みんなお母さんのおっぱいを吸って大きくなったんだ」と言っている人が私の目の前にいたとしたら、私は堂々とこう答えるだろう。
「普通は母親のおっぱいでしょうが、私は父親のおっぱいで大きくなりました」と。
あれは小学三年生の事だったと記憶している。
夏休みも終わりに近づいたある日、片付かない宿題を協力して終わらせてしまおうと、私の家に四人の友人が集まっていた時の事だ。とても暑い昼下がりで、カルピスの入ったグラスの外側はとめどなく汗を流し、低い音を鳴らした扇風機が生暖かい空気を散らそうと頭を180度振り続け、出番のない風鈴はひたすら風を待ち続けていた。
父は私の友達が家に来ている事が嬉しくて、お昼にはオムライスを五人分作り、氷で薄くなったカルピスを足しては「もうちょっとだ。頑張れ」と私達を励ました。残念な事にその励ましがうるさくて勉強に集中出来なかった事実は内緒にしておこう。
頭に入ったか入らなかったかは別問題として夏休みの宿題が形になった頃、何がきっかけでそういう話しを切り出したかまでは覚えていないが、友人の一人がチョコアイスを食べながら私の父にこんな質問をした。
「ちひろちゃんはどうやって生まれてきたの?」
他の三人は目を丸くし、質問された当の父もきょとんとした顔をして、それから少し考え笑顔でこう云った。
「ちひろはおじちゃんのお腹からでてきたんだ。いやー、大変だったよ」
私に母親がいない事は今日ここに来ている友人みんなが知っている。そしてその話題は幼いながらにもタブーと認識されていたらしく、ほとんどの子が口にしなかっただけに、友人の唐突な質問は他の三人を驚かせたようだった。私にしてみれば父の答えの方に驚いた。いくら子供相手とはいえ、その返しは通るはずがないだろうと思ったのだ。なのに父は続ける。
「ちひろはおじちゃんのおっぱいを飲んで大きくなったんだ」
そう云うとTシャツをペロンと捲り上げお腹と胸を露にした。力仕事をしているわけでもないのに、胸には引き締まった筋肉が適度についていて、どう間違ってもここから乳が出るようには思えなかった。いや、その前に父は男性だ。
それを見た友人達は叫び声に似た奇声をあげたり、笑い転げて目に涙をためたり、興味津々に父の胸を眺めたりしていた。私はといえば恥ずかしさのあまり「お父さん! もうやめてー!」と怒鳴り声をあげながら全身をわなわな震わせたほどだ。それでもなお自分の乳を寄せて「ほら、おじちゃんのおっぱい大きいだろう」と笑う父。当時は父がおかしくなってしまったのではないかと思った。
そしてひとしきり笑った後、友達が言った。
「うん。おじちゃんのおっぱいを飲んだからちひろちゃんこんなに元気なんだね」
今でもその時の話を友人とする。あの頃、恥ずかしさのあまり父に暴言をはいた私も、今は大人になってどうして父があんな言動に出たかわかるようになった。
だから私は云う。
「私は父親のおっぱいで大きくなりました」と。