004 ガンダーラ

おっぱいとは旅であり、旅とは人生である

僕が「おっぱい」という旅に出てからおよそ20年の月日が経った。
13才の冬、寒空のもと東京のとある中学校の放送室からその旅は始まった。

あの頃はまだ小さな膨らみを吸うことに夢中になり、
必死でゴールを決めることだけを目指した。
しかし、そこから先へはなかなか進めなかった。
二つの山は蒼い欲望の海の防波堤となり、
そこに立ちはだかった。

この旅がそのあと意外と長く続くとは僕自身思いも寄らなかった。
中学から高校生へ
その夏、長野の高原の合宿でようやく人生初得点をあげた。

それからさまざまなおっぱいに出会うこととなり、
渋谷、鶯谷、仙台、金山、日本中の様々な場所でいくつものゲームを戦った。

おっぱいはどんなときも僕の心の中心にあった。
おっぱいは本当に多くのものを授けてくれた。
喜び、悲しみ、友、試練を与えてくれた。

もちろん平穏で楽しいことだけだったわけではない。
それ故に、出会ったおっぱいすべてが僕にとって素晴らしい“経験”となり、
“糧”となり、自分を成長 させてくれた。

一年程前に結婚をしたのを最後に
約20年間過ごしたネゲット界から引退しようと決めていた。

何か特別な出来事があったからではない。その理由もひとつではない。
今言えることは、おっぱいという旅から卒業し“新たな自分”探しの旅に出たい。
そう思ったからだった。

おっぱいは地球で最高の生き物。
それだけに、多くのファンがいて、また多くのジャーナリストがいる。
おっぱいは多くの期待や注目を集め、
時には、自分には何でも出来ると錯覚するほどの賞賛を浴び
時には、自分の存在価値を全て否定させられるような批判に苛まれる。

30を過ぎて以来、「おっぱい、好きですか?」と問われても
「好きだよ」とは素直に言えない自分がいた。

その美しさ、そして重大な役割を負っていることの尊さに、大きな感動を覚えながらも
子供のころに持っていたおっぱいに対する瑞々しい感情は失われていった。

けれど、やっぱりおっぱいを愛して止まない自分が確かにいることが分かった。
自分でも予想していなかったほどに、心の底からこみ上げてきた大きな感情。

それは、傷つけないようにと胸の奥に押し込めてきたおっぱいへの思い。
厚い壁を築くようにして守ってきた気持ちだった。

そして、思った。

色、艶、形、そして大きさ
どれもみんな違うけれど、僕の心と身体をいやしてくれたおっぱい達、
本当にみんながいたからこそ、15年もの長い旅を続けてこられたんだ、と…。

今の若い日本人女性おっぱいの技術レベルは本当に高く、弾力もある。
ただひとつ残念だったのは、自分たちの実力を100%出す術を知らなかったこと。
それにどうにか気づいてもらおうと僕なりに15年間やってきた。
時には励まし、時には怒鳴り、時には相手を怒らせてしまったこともあった。
だが、最後まで上手に伝えることは出来なかった。

何も伝えられないままネゲットから離れる、というのは
とても辛いことだと感じていた。
しかし、俺の気持ちを分かってくれている“みんな”が
きっと日本のおっぱいの将来を支えてくれると信じている。

だから今、僕は、安心して旅立つことができる。

最後にこれだけは伝えたい。

新しい旅はこれから始まる。

今後、ネゲッターとしてピッチに立つことはないけれど
おっぱいをやめることは絶対にないだろう。
旅先の路地で、草むらで、小さなグラウンドで、嫁と言葉を交わす代わりに
おっぱいを揉み、そして吸うだろう。子供の頃の瑞々しい気持ちを持って――。

これまで一緒にプレーしてきたすべてのおっぱい、そしてその持ち主である人々に、
心の底から一言を。

“ありがとう”

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