お互いのこめかみにナイフの切っ先を突きつけ、瞳の中にある命乞いを確認しあうようになったのはいつからだろう。僕たちは銀色を手放せなくなってしまった。「もうやめよう」疲れ果てて先に手を下ろせば命を落とす。不自由以外の手段はもう、残念ながら残されていない。もちろん、睨み合いに飽きてしまって「もういいや」と刃を突き刺せば瀕死の相手が最後の力を振り絞って"お返し"をくれる。プレゼント交換。どっちの箱にも死が詰まっている。
今年も、ようやく一年の終わりが近づいている。年中無休で人は死んでいるわけだが、殊に年末に誰かが死んでしまうと「年を越せなかったのか」と一握りの感傷がよぎる。
「昔はさー、24日はクリスマスイヴっていって、恋人や家族でお祝いしたらしいんだよ」
一本二千円の煙草をふかしながら相棒がモニターを睨んでいる。給料の半分を煙に費やす神経が、僕には理解できない。もう十年も前になるのか、僕は歴史の授業を思い出していた。初老の担任が異国の文化を説明している風景。だけれど、よみがえった記憶は音のない口パク映像だった。あの人はまだ生きているだろうか。あの人は僕たちに何を教えてくれていたのだろうか。
「クリスマスかー。なんの日だっけ?」
「偉い人が生まれた日? いや、死んだ日だったかな。復活だったかも。忘れた」
「無茶苦茶だね」
「なんか、おっさんが来るんだよ。そんで、子どもたちにプレゼントを配って回る」
「金持ちだったのかな」
「義賊かも」
重ね着の刃、僕たちはそのうちの一枚だった。相手が赤いボタンを――実際に見たことはないけどこっちのボタンは赤いから向こうのボタンも赤だろう――押すかどうか、交代で見守っている。人はいつだって一番大切なことを見落としてしまうようにできている。だからあちこちで見張っている。
「そろそろ日が変わるな。イヴって前の日って意味だっけか」
「たぶん」
「前夜祭が終わるな」
「本店から連絡が入れば――そうだ、クリスマスには"メリークリスマス"って乾杯するんだよ」
「"異常なし"の代わりにそうやって報告するか? 運がよければクビ、わるければ世界が終わるけど」
六桁のゼロが並んだ。一日が、終わったのだ。
「ウソだろ」
僕は返事をすることができなかった。相棒が、僕の肩を揺する。「嘘だよな?」もう一度、そういった。僕は二度目の無言を返すのが精一杯だった。
三分がすぎた。やはり、ない。本店――本営からの定時報告が、ない。
"異常なし"という通達がないことじたいが、日常の終わりを朗々と告げている。五分がすぎた。
「キーを、させ」
僕の声は震えていた。地獄は、ボタンを押すだけでは訪れない。彼の首に下がっているキーを回したうえでプラスチックのケースを叩き割らなければ何も起こらないのだ。
「ちょっと待ってくれよ。支店に、支店に確認しよう」
「こっちが終わるまで十三分しかない。あと八分だよ。時間がない」
「何かの間違いだって」
終わりが始まる。誰かが書いたどこかの経典に記してあった一文だった。
「サンタクロースだ。そうだよ。おっさんの名前。赤い色の服を着ているのが一般的で――ボタンの色なのかな。それとも血の色なのかな」
世界が、いや、僕たちの街が赤く染まるまであと…。僕は銃を抜いた。
「六分後に死ぬか? それとも今死ぬか?」
相棒が銀の鎖を手繰った。ややあって鍵の回る音。初めて、聞いた。
僕もサンタクロースの話を思い出した。あのじいさんはプレゼントを配るだけじゃないんだ。代わりに、子どもたちの笑顔をもらっていくんだ。先生はそういっていた。そうだった。僕たちは。
僕たちは、笑顔を取り上げる。何も残らない。
"異常なし"
零時十一分だった。僕は、相棒に銃を向けてしまったにもかかわらず、逡巡してしまったのだ。
「本店、からか」
「そうみたい」
「ウソじゃないのか?」
「偽るメリットは誰にもない」
お互いに顔を見合わせたのが零時十三分。僕たちは、生きている? 相手が打ち込んでいれば、今ごろはもう、間違いなく死んでいるはずだ。
相棒は、汗だらけの手で自分の袖をめくった。そうして、力ない微笑を浮かべる。
「今が、零時だ」
「じゃあ、こっちの時計が狂って」
「今度からは、自分の時計も確認しよう」
「お前を殺すとこだった。なんて謝っていいかわからない」
「俺、一瞬本気で悩んだよ。あと六分間生きたいかどうか」
僕は心を半分失ったままの状態で本営に"異常"を報告した。余計な一言も付け加える。解雇上等。
"世界が終わってしまう前に、人数分の腕時計を所望する。今日は特別な日だ。プレゼントがあってもいいだろう? メリークリスマス"