ざわざわと公園通りに色付く広葉樹の枝葉たちが北風にざわめく。
木枯らしがいつもの年より柔らかくて、私は一瞬季節を間違えたのかと肌を疑った。
振り向くと、ファーの襟を立てる若い娘やダウンに丸まった男の子たちが肩をすくめて歩いていくから、変わらずそこが冬で間違いなかったのだと確信を得て私は安堵する。
いや違った。安堵ではなくて安心でもなくて。どちらかと言えば哀愁とか切なさとか。
そんなふうな感傷に誘われて私は12月という季節に迷っていた。
と思う。
たぶん。
彼はタクシー運転手の道を29才で決めた。
そもそもの上京の理由は確か美大受験。デッサンの専門学校の後はバーテンダーとか花屋とかのバイトに明け暮れて、いつの間にかフラワーコーディネーターと名乗る仕事を手にして、大きなイベントやセレモニーを手掛ける日々だったらしい。
でも29才になったある日、タクシードライバーになると固く転職を決めてから余年。30代も半ばを過ぎた今、個人開業できるまではあとわずかだと淡々と語った。私はそんな彼の横顔を後ろから覗き見て、ふいに暖かい北風を探し当てたくなる。
12月なのに。
そうね北風なのに。
私は彼のお客だった。
担当している深夜番組の終了後は局の用意してくれるタクシーでの帰宅となり、その何度目かの運転手が彼だったということだ。
ひとつふたつ季語が混ざった挨拶と、明日も同じ時間なら迎えに来ますよと。それが私たちの最初の会話だった。そうして私は常連客となりそれから彼は毎晩私を待っていた。赤く色づいた木々たちに溶け込んでしまいそうなレンガ色の車体を、街路樹の道に横付けして。
自宅までの30分間、たいてい彼は一人喋った。いくつかの生い立ちとその日乗せたお客さんの話題と。
腰の伸びないおばあさんを後部座席に座らせるのに苦労した話。
塾に送る女子校生の携帯がひっきりなしに鳴っていて、道順すらろくに聞けず閉口した話。
時々私は真剣に耳を傾け、時におかしく笑いころげ、時に声が子守唄のごとく居眠りをして、帰路を過ごした。
ある晩、彼は少し遠回りをしてもいいかと尋ね、私は疲れていたけれども彼の柔らかな声のトーンのままに任せていた。
まっすぐな四つ目通りへと進路をとった時、少し遠回りどころか反対方向に進む深夜走行に、私は案の定まどろみすら抱けずに深く眠りについた。
着きましたよと、彼の声に気付いた時、ビル街の端は朝焼けのオレンジ色が群青の濃い空を染めはじめていた。
くわえ煙草に穏やかに彼は微笑み、後ろには3メートルはあるだろうクリスマスツリーが豪奢にそびえている。深紅と純白のバラに彩られ、暁の夜に薄暗く輝いて。
「友人から無理に頼まれた仕事で二日前に仕上がったばかり。撤去前にあなたに見せたくて。全部生花だからね。そんなに日持ちしないんだ」
言葉の粒を落としていくように彼は言った。
番組を降りた最後のこの日を、きっと彼は演出してくれたのだろう。すなわち、彼の車で帰る最後の日。
「ありがとう。素敵なクリスマスプレゼント。嬉しい」
「まだこれから。シャンパンも用意してるし」
華奢なグラスを2つ、カチンと鳴らす。東の空のグラデーションが徐々に明るい方へと幅を増やす。日の出はあと数分後だろう。
ツリーの色は徐々に色を変えていく。花びらは七色に輝いて、どんなイルミネーションよりもまばゆくはげしく瞬いた。
「さぁ乾杯。僕たちの旅立ちを祝って。ひとつ仕事を終えたもの同士」
「あなたは何の仕事を終え、何に旅立つの?」
「あなたを毎晩、間違いなく送り届ける仕事」
「そして、京子さんと僕の下に降り注いだ新たな一日に」
ありがとう。ある時、花屋さんにも姿を変える芸術家な運転手さん。
頬にこぼれ落ちたしずくを朝陽のまぶしさに輝やかせ、シャンパンに口をつけて。
12月の切なさに、こうしてまた私は迷うのだ。
fine
2006.12.19 FROM ME