クリスマスというのは、一人で外食する趣味のある者にとってはなかなかどうして、迷惑なものだ。
たとえば今日、わたしは突然、ものすごく、ものすごーく、鴨のコンフィが食べたくなった。これはわたしの大好物の料理の一つで、フランス料理屋さんに行ったときにメニューに見つけると必ず頼んでしまう。パリパリに香ばしく焼けた皮の中に隠れている、きめ細かい肉の線維。この柔らかい線維をフォークで割いて口に運び噛みしめたときのうま味といったら。そして肉の後味の残る喉に赤ワインを流し込んだ瞬間に体中を満たす幸福な香りといったら。
そもそも、コンフィという名前からして素敵だ。フランス語はよく分からないけど、コン、のあたりは前歯で皮を砕いたときのサクっとした感触を思い出させるし、フィ、の部分はほろほろと崩れる肉の柔らかさを表現しているように思える。ああ、早く食べたい。何としてでも今すぐに口いっぱいに頬張りたい。
ところが問題は、今日がクリスマスということだ。鴨のコンフィを食べられるようなお店は、どこもフランス料理屋であり、恐らく今頃は一年で一番忙しい瞬間を迎えているはずだった。試しに、脳内グーグルで「鴨のコンフィ」を検索してヒットした数軒に電話してみたけれど、
「本日は予約で満席になっております」
「本日はチキンのコースのみとなっておりますが」
「本日は予約で……」
「コースのみで……メインはビーフか白身魚のどちらかに……」
というつれない返事ばかりである。ああサンタさん、出会いなんて要らない、恋人なんか要らないから、どうかとびきり美味しい鴨のコンフィを食べさせて!
郊外の一軒家レストラン、再開発ビルのダイニング、繁華街の裏道にあるビストロ、お気に入りの店はどれもこれも空振りだった。八軒目にてやっと、今からでも入れて、アラカルトの注文もできるお店を見つけた。海辺のホテルの最上階にある、かなりお高いお店だけど、今の高まった気持ちを満たすためなら仕方ない。三十分後に行きますから、と店員に告げた。たまたまスーツを着てきてラッキーだった。うっかりジーンズなんて履いていたら、ドレスコードにひっかかって入店拒否されるところだった。
「あの、ご予約はお一人様でよろしいですか?」
「はい」
「本当の本当に、お一人様でいいんですね?」
うるさい。
そんなわけでわたしは今、鴨のコンフィが出てくるのを今か今かと待ちながら、食前酒のシャンパーニュを飲んでいる。高級店なんだから、きっと引き締まった肉質で、噛めば噛むほどうま味の出てくる素晴らしい一品にありつけるはずだ。周りは確かにカップルばかりだけど。って、待てよ。わたしの他にも一人客のテーブルがあるじゃないか。すぐ隣のテーブルでは、同い年くらいの男性が一人でシャンパーニュを飲んでいる。上品な仕草に、細身のスーツの似合うイケメンだった。わ、目が合ってしまった。
「お一人なんですか?」
勢いと好奇心で聞いてみる。
「そうです。どうしても鴨のコンフィが食べたくなってしまって。いろいろ電話してみたんですけど、今日食べられるのはこの店だけだったんですよ」
「まあ、わたしも全く同じです。他の店は予約だけで満席とか、コース料理のみとかで」
「へえ、偶然ですね」
運命だ。こんなに価値観の合う男の人なんて、未だかつて出会ったことがない。きっとサンタさんがわたしたちを引き合わせてくれたのだ。
「あの、よろしければこの後一緒にバーでも行きませんか」
はにかみながら誘ってくる男に、わたしは満面の笑顔でうなずいt
「ちょっと待った、そこの二人!」
頭の中で不思議な声が鳴り響いた。
「君たちさっき、出会いも恋人も要らないから鴨を食べさせろと、俺にお願いしたじゃないか。だからわざわざこの忙しい時にトナカイ飛ばしてプレゼントしに来てやったんだ。それなのに、恋人と料理の両方をゲットしようだなんて都合が良すぎると思わないか。契約違反だ。もしも二人が仲良くなろうってなら、この店の鴨のコンフィは全て窓から海に投げ捨ててやる。さて、どっちを選ぶ?」
どうやらサンタさんの声らしかった。確かにさっき電話しながら、サンタさんに祈ったような気がする。隣の男にも、この声は聞こえている様子だった。彼は宙に向かって「サンタさん……」とつぶやいた。
さて、料理を食べてそのまま帰るべきか、それとも何も食べずにこのまま二人でバーに行くか。答えは決まっている。わたしたちは、顔を見合わせると、同時に返事した。
「じゃ、鴨のコンフィで」