002 父の話

私の父の話をしようと思う。
父は現在65歳。孫娘と遊ぶ事が楽しみな、どこにでもいる老人である。
しかし、父は普通と違うところが一点ある。それは、父がサンタクロースだったことだ。
だったと書いたのは、サンタクロースを引退したからだ。サンタクロースも一応60歳で定年を迎える。自己申請で延長することも出来るらしいが、父は5年前に孫が生まれたのをきっかけに引退した。
ここで、一般の人には殆ど知られていないサンタクロースという職業を説明しておこう。
サンタクロースは大抵、町や村に一人ずつ赴任する。大きな町になると何人もいるらしい。勿論、サンタクロースであるという事は極秘にされる。通常は普通の社会人として生活をしている。サンタクロースは兼業なのだ。サンタクロースは12月にしか活動していないように思われているが、実際は一年通して活動をしている。主な活動は、情報収集。子ども達がどんなプレゼントを欲しているか、今年はどんなオモチャが流行するのか、そんな情報を集める事が仕事だ。
そこで必要になってくるのが、サンタクロースとは別の肩書きだ。多いのは、保険の外交員。人様の家に入り込んで、色々な話をしても変に思われない職業だからだ。私の父もそうだった。
また、小さな商店を営む人も多いらしい。あなたの町にもないだろうか?「なんで、この電器屋さん潰れないの?」というような町の小さな電器屋。置いてある商品は年代遅れの物ばかり。しかも少数。だけど、エアコンが壊れた時など、電話一本でかけつけてすぐに修理してくれる店主がいるような電器屋。そういった小さな店の店主は、サンタクロースな事が多い。
サンタクロースは、内助の功が必要不可欠とされている。子どもの事をよく知っているのは母親だ。子ども達の情報を得るには、母親達から話を聞くに限る。それに最適なのが、井戸端会議だ。なので、サンタクロースに選ばれる人の奥さんは話し好きな人が多い。噂では、スカウトの条件に奥さんの性格も入っているらしい。
そう、サンタクロースはスカウト制なのだ。私の父の場合は、保険の外交員として働いていた50歳の時にスカウトされた。多くのサンタクロースはそれぐらいの年代にスカウトされるらしい。あまりに若いサンタクロースはしっくりこないからだろう。それに、それぐらいの年代になると自分の子ども達は既にサンタクロースがいることを信じていない。だからこそ、サンタクロースというのが「職業」であるという事を家族で受け入れる事ができるのだそうだ。
私の父は、外交員としてはいまいちの方だったらしい。人と接するのは好きだが、「押し」が弱い為に契約を取ることが得意ではなかった。しかし、人の良さとまめな性格でなんとか外交員としてやっていた。きっとそういった性格が良しとされて、サンタクロースにスカウトされたのだろう。
外交員としてはいまいちだった父だが、サンタクロースとしては優秀だった。子どものいる家庭にまめに足を運び、会話を重ねることでその家の事情を汲み取り、その子どもにあったプレゼントを選ぶ。それは、「人間」が好きな父にとって天職だったと言えるだろう。サンタクロース協会で選ぶ「今年のベストサンタ」に二度も選ばれたのが父の自慢だ。
12月24日、本当は家族でゆっくりと過ごしたい日に、例えではなく息をつく暇もなくプレゼントを持って家々をまわる父。25日の夜明けと共に帰ってきて、死んだように一日中眠る父。そんな姿を十年間見てきた。おかげで、我が家のクリスマスは一般家庭にようなものではなかった。私は既にクリスマスを特別な物だと思う子供ではなかったが、忙しいクリスマスを疎ましく思ったこともあった。しかし、自分の仕事に誇りを持つサンタクロースの姿を見る事が出来たのは、私達家族にとって何よりものクリスマスプレゼントだったのではないかと今は思う。
本当は「家人を起こさずにプレゼントを置く方法」や「トナカイの橇」の話など詳しく書きたいところだが、それは秘密にしておく。本来なら、父がサンタクロースであった事を書く事も、かたく禁じられている。しかし、これを読んだ人は「クリスマスにありがちな、つまらない作り話だ」と思ってくれるだろう。そう、これは作り話だ。父を尊敬している子供が作った、作り話だ。
私の父は、昔、サンタクロースだった。

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