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印象に残っているイヴ? そうだなあ。
俺の話じゃないんだけどいい? うん、そう、友だちの話。
高三の12月、友だちの転校が突然決まってね。ん、本当は一緒に卒業できるはずだったんだけど家の都合かなんかでさ、駄目になった。
その子のことがずっと好きだった奴がいてさ。名前? えーと、洋介。そうそう転校するのは女の子。洋介は、うーん、エロ動画と時代劇が好きな奴だった。ハードがいっぱいになるたんびにせっせとCDに焼いていた。それと時代劇な、なんでも穴の開いた金がかっこいいらしい。大判小判じゃなくて、ほら、昔の小銭。だから洋介も小銭を部屋にぶら下げていた。5円玉と50円玉をタコ糸に通して。
担任から伝えられたときはみんなびっくりした。あとちょっと、3ヶ月やそこらなのにどうにもならないのかって。
ホームルームが終わって、さっそくクラスの連中が彼女の机に集まった。送別会の打ち合わせ。でも洋介はその輪に入らないで何もいわずに教室を出て行った。俺は目立たないように抜けて、洋介を追ったんだ。
下駄箱の前でぐしょぐしょに泣いていたよ。
「洋介」あいつは鼻水を垂らしながら「どうしよう」って。どうしよう、どうしよう。何回もうわごとのように繰り返した。
「お前はどうしたいんだ?」
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あいつの部屋までついていくと、洋介はさっそくノートパソコンの電源を入れた。「なにするの?」「みんなに聞いてみる」「みんな?」洋介がつないだのは2ちゃんだった。俺は手を伸ばしてディスプレイを閉じた。
「自分で考えろ」
電車男はひとりでいい。そう思わないか?
それからしばらく動かなくなった。本当にぴくりともしない。もう泣いてはいなかった。
瞳の光がまとまって、ようやく洋介が口を開いた。
「手伝ってくれるか?」「いいよ」
話を聞くよりも先に、俺はそう答えていた。
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洋介は宝物の小銭を床にぶちまけた。金色は5円、銀色は50円。ひとつひとつをならべ始める。囲碁でもやるのか? 途中で俺も理解した。洋介なりのシミュレーションだったんだ。
「なるほどね」「終わるかな」「問題ない。学校休んだっていいさ」
その日から図工が始まった。ちょっとだけフライングの、卒業制作。
タイトルは、うん。そんときは名前なんかついてなかったんだけど後になって俺が勝手につけた。
240ギガの掲示板。
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「イヴだな。彼女が引っ越すの」「電車?」「そう。車じゃなくてよかったね」「うん」「駅を出るのが7時55分、松栄橋の前を通過するのは8時3分」「ありがとう」「なにが」「調べてくれたんだ」「いいから早く終わらせよう」すっかり触りなれたテグスを手に取った。
俺たちの掲示板製作は10日目に突入していた。作業じたいは単純だ。CDとCDをテグスでつなぐ。そんだけ。ただ枚数が半端じゃなかった。31×11だったから全部で341枚。CDはだいたい16グラムだからできあがったら5キロを超える計算になる。一枚700メガとして掛け算すれば240ギガ分のエロ動画。よく集めたよ、本当。
完成したのはイヴの朝。午前7時。感動も何もない。それぞれ半分かついで部屋を飛び出した。よくいえば雪景色、わるくいえば猛吹雪。最悪。「これじゃあ…」「いいんだよ、走れ」
松栄橋から網を投げるようにCDを放った。おもりをつけておいて良かった。風をものともしない。一面がCDの銀色。文字になる部分だけは裏返しているから黒い。
俺たちが頑張ったからかな、神様がプレゼントをくれたのは7時50分だった。
雪が、やんだ。
俺たちは橋の上から電車を、彼女を、見送った。
「みえたかな」
「たぶん」
俺がCDを引き上げ始めると「いいんだ」と洋介が笑った。「このままにしておこう」さすがの俺も吹き出した。エロ本を川原に捨てるのとはわけがちがうだろう。でも俺が決めることじゃない、俺たちはそのまま橋を後にした。
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線路を背に、俺と洋介は橋に目をやった。雪に濡れたCDを照らす朝陽、冗談みたいに輝いていた。「すげえな」「うん」
「なあ洋介」「ん」「本当にアレでよかったのか?」「なにが?」「お前の気持ち伝えてないじゃん」「そんなことないよ」「だって」
「僕が彼女に一番伝えたかったのは好きだって気持ちじゃないから」
「そっか」
『がんばれ』
洋介の本当の気持ちはたったの4文字だ。まっすぐな言葉。
お前かっこいいよ。いわなかった。
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話はこれでおしまい。ちょうどイヴも終わったな。え? なに? プレゼント?
ああ、うん。
この話がプレゼントっていうのは――だから噛むなってば。痛い。
台無し? そうだなあ。