015 きみが望むもの

 プレゼントをあげるのなら、やはり相手に喜ばれたいものだ。

 私はこれまで他人に喜ばれるプレゼントというものをしたことがない。幼稚園のころに好きな子にプレゼントした巨大ミミズは、見せたとたんに大声で泣かれたのでやむなく捨てた。中学のころに初めて付き合った彼女にバレンタインのお返しとしてパンティーを贈ったら、平手でおもいっきりぶたれたあげくに川へ投げ捨てられた。大学生のころに自分で作詞作曲したラブソング『おれはおまえにベタボレさ』を披露した結果、あっけなく振られたという経験もある。このように私がプレゼントをすると、なぜか期待はずれな結果に終わってしまう。一体何が悪いというのだ。

 私がもらう側にあるときもそうだ。私は自分が欲しいと思ったものをもらったためしがない。誕生日前にこれみよがしに大きな破れ目のある財布を見せつけ、「もうこの財布も買い換え時か」とため息まじりに言ったとしても、その年の誕生日にもらえるものは「セロテープ」だったりする。貼れということか。クリスマスが近づいて寒くても意地でもマフラーをつけないでいると、クリスマスプレゼントにもらえるものは『男でもできる簡単手編み術』という本だったりする。編めということか。

 私の実例からもわかるように、他人の欲しいものというのはなかなかわからないものなのだ。他人の心を忖度(そんたく)する、つまり心中を推しはかるという作業は非常に難しい。多くの人は、プレゼントを決める際に、「何をプレゼントすれば相手は喜ぶか」ということについて、毎度のごとく頭を悩ませることになるのである。しかし、そんな悩みはまだ甘いといっていいだろう。世の中には他人にプレゼントをすることを生業としている人も少なからずいるのだ。そういう人は、相手に何をプレゼントすれば喜ばれるのかについて、我々以上に頭を使わなければならない。その最たる人物というのが、サンタクロースである。

 サンタクロースは毎年必ず子供たちにプレゼントを届けにくる。しかし子供といっても欲しがっているものは千差万別、十人十色である。サンタクロースはそれぞれの子供の枕もとに適切なプレゼントを置いていかなければならない。いったいどうやってプレゼントを選んでいるのだろうか。サンタクロースはいつも子供たちのことを見ていて、子供たちのことならなんでもわかるのだというのは詭弁だ。世界中の子供たちを全員監視するなんて、物理的に不可能である。やはりサンタクロースはその場で子供たちの心を推しはかってプレゼントを決めているに違いない。何を欲しがっているのか、子供の寝顔を見ながら一人一人判別していくのだ。

 12月24日深夜、すやすやと眠っている子供の顔を見つめながら、サンタクロースは考える。この子にはどのプレゼントがいいだろう。模型機関車かくまのぬいぐるみか。サンタクロースはしばらく逡巡する。この子だけに使っている時間はあまり無い。はやく次の町に行かないと夜が明けてしまう。この顔つきだとそろそろ機関車に興味がわくころだな。そう決めて模型機関車を枕のかたわらに置く。何年やっていてもこの作業には慣れない。子供の心を忖度するのにいつも時間をロスしてしまう。急いでそりに乗り込むと、時計を見ながらサンタクロースは一人つぶやく。

 「これがほんとの忖度 (そんたく) ロス。なんちゃって」

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