クリスマスだけど特にすることもないので大掃除をした。
一人暮らしのワンルーム。
なるべく物を持たない主義。
わりと丁寧にやったつもりだが一時間で終わってしまう。
まだ日は高くて。空が青くて。
部屋はすっきりしたのになぜか居づらい。
とりあえず本屋でも行こうかと外に出た。
エレベーターで一階に降りる。
通りへ出たときに視界の隅に違和感。
いや、違和感というより存在感か。
その存在に目を向けると、ゴミ捨て場にギター。
ギター。
サンバーストのストラトキャスター。
見なかったことにして先を急ぐ。
一分ぐらい歩いて、立ち止まり、気になって戻る。
ちょっと近くから見てみる。
入門用の安物。
1弦が切れている。
いいものではないが程度は悪くなさそうだ。
それだけ確認すると、また本屋へと向かう。
一分ぐらい歩いて、また立ち止まり、ため息一つ。
きりがないと思いつつまた戻った。
拾ってやるんだから感謝しろよ。
そのつぶやきで拾う行為を正当化する。
ギターを片手でつかんで自分の部屋へと向かう。
部屋の真ん中にそっと置いてしげしげと観察。
指板の状態は悪くない。
フレットもすり減ってはいないようだ。
ネックの反りもない。
弦さえ何とかすれば鳴りそうである。
ギターを始めようと買ったは良いがほとんど練習せずに捨てた。
そんなところだろう。
また部屋を出て、駅前へと向かった。
今度の目的は楽器屋。
通いつめていた頃は小さな間口の小汚い店だった。
駅前の再開発で街は姿を変え、当時の景色はすでに思い出の中にしかない。
目的の楽器屋は駅ビルの一角に店を移してすっかり小奇麗になっている。
当時は店員まで身内のようだったが今日は一人も知った顔を見かけなかった。
流れた時間はそれだけ長いという事だろう。
ダダリオの弦をチョイス。
2セット買った。
あとストリングワインダーとピック。
シールドとアンプにまで手が伸びそうになったが
冷静になれと自分に言い聞かせて諦めた。
部屋に帰って早速弦を張る。
懐かしい緊張感。
なぜか嬉しい、新しい弦の感触。
クリーナーを買ってこなかったことをちょっと後悔。
ある程度巻き上げてからチューナーがないのに気づいた。
軽く舌打ちしてから部屋の中を見回す。
ネット上にはその手のアプリが落ちてるかもしれないと気づく。
PCの電源オン。
それは簡単に見つかった。
チューニングを済ませて、簡単なコードを押さえてみる。
Am Em F G。
マイナーから始めた自分にに苦笑い。
やっぱりアンプ欲しいな、なんて呟いてみる。
素のままの音が部屋を満たしていく。
だんだんと動きを取り戻していく指。
自然と思い出す、当時の風景。
当時の仲間。
当時の音楽。
当時の言葉。
そして、恋。
手が止まった。
なくした夢と失った恋は似ているという人がいる。
甘酸っぱい感傷が似ているからだろう。
僕の心の中にはその二つが寄り添って存在している。
甘みと酸味と苦味を伴って。
吐いても吐いても無くならない毒物のようなそれが。
また手を動かす。今度は少しスローに。
動かしながら考える。
昔もギター弾いているときが一番素直に考えられたっけ。
音楽で飯を食うという熱病のような夢から僕は
やけにあっさりと手を離した。
いや、違うな。あっさりを装ったんだ。
ダメージの無いふりをして生きていこうとした。
だから同じ痛みを抱えているはずの仲間とは距離を置くようになった。
一人離れ、二人離れ、それでも最後までそばにいたのは彼女で。
その彼女から連絡が来なくなって、その痛みに耐えかねたときも、
夢から覚めるためには必要な痛みだとそんな風に思っていた。
その痛みの大きさで、気付くべきだった。
気付くべきだった?
過去形?
今僕は、それに気付いたのじゃないか?
ギターはこうして帰ってきた。
なくしたはずの夢が。
昔の輝きはもう無いにしても確かにそこにある現実。
形は違っても取り戻せるのなら。
彼女の電話番号は覚えていた。
ギターを抱えたまま電話機のそばへ。
一度だけ、電話をしてみよう。
終わりを確認することになってもかまわない。
それはきっと何かの始まりになる。
久しぶりに感じるこの前向きな気持ちは
偶然拾ったギター以上の、最高のプレゼントに思える。
携帯を使う気にはならなかった。
お袋でさえ携帯を使い始め、すっかり鳴ることがなくなった家の電話。
今までの自分に決着をつけるにはこいつがふさわしい気がする。
当時から変わらずそこにあるこいつが。
誠実な祈りとともに受話器に手をのばす。
手が触れそうになったとき、
突然電話が鳴った。
鳴ることを忘れていた電話が。
それが意味することはたった一つなはずで。
クリスマスの奇跡を確信しながら
僕は受話器を上げた。