嘘をつくのが下手な人だった。特に私を目の前にするとしどろもどろ加減が極まるので、それを言うのは決まって電話だった。『もっと上手くやればいいのに……』そう思うのに、そんな不器用なところを『可愛い男』と誤変換するぐらい彼にのめり込んでいた私は、知らなくていい事まで知って落ち込んだり、泣いたりする夜を何度も過ごした。
私が知らなくていい事というのは、家族ぐるみで彼女と食事をしたとか、彼女と温泉旅行するとか、彼女とこの前SEXしたとか、そういうできれば黙っていて欲しい事ばかり。今さら、一番避けて通ってたはずの彼女持ちの男を好きになったという事実を悔やんではいないけれど、いつも側に淋しさがあるのは切ないなと思う。
クリスマスが近づいたある日、ふと立ち寄った紳士服売り場で彼に似合いそうなマフラーを見つけた。紺色のカシミアで出来たそれは彼を充分に温めてくれそうだった。早速支払いを済まそうとちょっとはしゃぎ気味にレジへ向かう途中、よくわからない焦燥感が走りふと足を止める。
『これを彼にプレゼントしていいものだろうか?』私はポケットに突っ込んでおいた携帯を取り出し、確認のための電話をしてみた。
「ねぇ。クリスマスプレゼント贈っても平気かな?」
彼は数秒の沈黙の後、少しだけ苛立たしげにこう言った。
「俺はクリスマスにプレゼントを贈ったり贈られたりする事に意味がないと思うんだ」
嘘をつく時の彼の癖。(少しだけ苛立たしげというのがそれに当たる)
『またこれか』と諦めにも似た感覚でいつものように私も返事の準備をする。極めて明るい口調を意識するため、満面の笑みを作りそれからやっと言葉にするのだ。
「うん。わかった。ごめんね。偶然あなたに似合うマフラーを見つけたからクリスマスも近いしプレゼントしようかなと思っただけなの」
『私は全然平気だよ。だから気にしないで』これをアピールする術はもう身につけた。
「ごめんな……。」
そして彼が嘘を締めくくる最後の言葉はこれ。もう話す事がなくなってしまった私は気まずさ極まりないこの会話から早く逃げ出したくて、適当に相槌を打ち電話を切るのがもう馴染みのパターンだ。
考えてみれば彼女がいる人に贈り物はタブーなんだ。女の勘というのは鋭い。私が贈ったマフラーを見た彼女が『これは女が見繕ったもの』と判定するのに時間はかからないだろう。
さっきの焦燥感は彼と私の関係を壊さないために働いた私の女の勘というところだろうか。
24日夜。友達に「呑みに行こうよ」と誘われたので行きつけのBarへ繰り出した。カウンターにテーブルが3個というこじんまりした店内に大きなツリーが飾ってある。そのためいつもより窮屈に感じたが、その狭さも今日の私にはちょうど良かった。隙間はなるべく少ない方がいい。
マスターが私達の顔を見ながら「イブなのにこんなところに来ていて淋しい奴ら!」なんて笑う。『私はそういうのを全部覚悟で彼と付き合っているのだからいいのよ』と心の中で呟いて笑顔を返す。
ビールで乾杯してピザにポテトにカルパッチョ、豆腐サラダまで注文しこれでもかというぐらいガツガツ食べて、くだらない話にぎゃーぎゃー笑い「やっぱりクリスマスにはワインだよね!」と言いながらスパークリングワインに手をつける。
気付いてみれば2本を一人で全部空けた頃、ベロベロに酔っぱらった私は「それでも好きなんだもん、仕方ないじゃなーい!」とツリーにしがみ付きながら思い切り叫んでいた。周りにいるお客さんやマスターは驚いた顔をしてたけど、事情を知っている友達だけが苦笑いしながら「そうだ! お前が選んだんだから余計な事考えるな!」と言ってくれた。最低な醜態とは裏腹に気分は最高。
今の私には信じる事だけ。彼が言ったあの言葉をただただ信じるだけ。
「クリスマスは彼女とも会わないし、お前とも会わない。これが二人を同時に好きになった俺が出来る責任」
『責任の意味を少し間違えているんじゃない?』という疑問はこの際3本目のスパークリングワインと一緒に呑みほしてしまう事にした。