030 聖域

 学校帰り、俺とKとが二人が冗談で“秘密基地”と呼んでいる空き家に寄った。
 ドアが開いている。あれ?あいつは当分塾で来られないはずなのに。
 まさか、どっちかの親にバレたか? 心臓が止まりそうになりながら入ると、もっと思いもかけない人間がいた。
 同じ学校の制服。今年から同じクラスで、なぜか俺たちに混ざりたがってくる女だ。そこそこイケメンなので俺もあいつも悪い気はせず、学校では三人でしゃべったりするようになった。
「意外といい部屋じゃない。へえ、パソコンまであるの」
 勝手に上がり込んだ上にあちこちを探索していたらしい彼女は、絶句している俺を振り向いて言った。
「二人とも外じゃ付き合い悪いと思ったら、こんな空き家に隠れ家作って遊んでたのね」
「な、なんでお前がここにいるんだ。どうやってここ知ったんだよ」
「え?もちろんKに聞いたのよ。それにしてもひどい散らかりようねえ。っていうかゴミ屋敷? ちょっと片づけようよ」
「うるさい」
 たしかに、元からあるガラクタや俺たちが持ち込んだもので、寝ころがるスペースはおろか足の踏み場にも苦労している。「いずれなんとかしようぜ」とは、来るたびに言い合っているんだが。

 ここは俺とあいつとの秘密の遊び場、というより、神聖な場所だった。
 過疎というほどではないが、このあたりもわりと空き家が増えた。中でもこんなはずれの空き家なんかへは誰も来ない。電気は電線引っ張ってきて盗電。ガスはないが、石油ストーブでなんとかなる。
 酒や煙草やエロ本その他。親に知られたくないものはすべてここへ持ち込んだ。パソコンの中身を含めて、人に見られると相当ヤバイものもある。
 他では言えない話も、ここでしゃべった。あいつの愚痴もエロ体験話も、ここで聞いた。俺しか知らないあいつの涙さえ、ここで見た。

「片づけ終わったら座るとこも欲しいわね。あそこにはカーテンとかどう?」
 あいつもなんだってこの女に教えたんだ。色仕掛けとかか? 女に弱いとこがあるからな。
「明日のイブ、ここでパーティやろうよ。いっそ他の友達も呼んじゃう? あ、でも三人だけの方が楽しいかな」
 彼女の勝手さとテンションの高さにむかついて、俺はつい声を荒げた。
「帰れよ」
「何よ、いきなり。あたしはKに教えてもらって来たのよ。いわば招待されたのよ」
 何が招待だ。が、あんまり乱暴に追い返しても、後であいつに怒られるかもな。
「ここはあいつと俺の場所なんだ。お前の上がり込んでくるとこじゃないんだよ」
 わかってもらえるかと冷静に言ってみたが、彼女はせせら笑った。
「お熱いわねえ。あんたたちもしかしてデキてんの?」
 下司な勘ぐりに苛立って、思わず拳を固めた。
「いいかげんにしろよ」
「脅す気なの? へえ、だったらいいわよ、ここのこと、親や先生に言ってやる」
 俺の弱みをつかんだと思ったらしい。床の酒瓶や灰皿などを見回しながら勝ち誇ったように言う。マジで吐き気を感じながら、意識して拳をゆるめた。
「……ここに来たこと、誰かに言ってるのか?」
「言ってないわよもちろん。だからさ、私も混ぜなさいよ。でないと本当にしゃべりまくるわよ」
 こいつはやりかねない。追い返すわけにはいかないと知って、俺は溜息をついた。
「そんなことより片づけ始めないと、パーティも間に合わないわよ」
「……そうだな」
俺は、ゆっくりと腰を上げて、彼女に歩み寄った。

 翌日のクリスマスイブ。例によって二人で受験勉強という名目で、あいつは家を抜けてきた。俺の家は放任主義で、そんな言い訳もいらない。
「めりくまー」
「クマって何だよ。メリクリだろ」
 いつものくだらぬ会話の応酬が心地いい。
「表に積んであるガラクタやゴミ袋の山、何なんだよ。って、わあ、ぴっかぴか!」
「苦労したぜ。要らないもの全部ほうり出して。あと掃除して」
「すげえすげえ」
 連発しながらあいつはカバンから、CDケースを取り出した。
「ほいっ、プレゼント」
 ラベルも貼らずに直接、曲名をびっしりと書いてある。俺が好きだと言ってた曲を、ネットから探して入れてくれたらしい。
「おっサンキュ。……あ、俺」
 昨日から、ここの片づけやらで、買い物に行くのをすっかり忘れていたのだ。仕方がないので開き直ってみた。
「この美しく広々としたスペース。これが俺からのクリスマスプレゼントだ!」
「ありがとう相棒っ」
あいつは俺にとびついてきた。ふざけてのことだが、まんざらでもない。
「あとは表のガラクタの処分だな。来週一緒にやろうか」
 俺は慌てた。
「い、いや俺がやっとくよ。明日なら親父の車空いてるし」
 だから、今日中には処分できなかったのだ。
「山の奥の方に捨ててくる」
「悪いな。だけどお前なら見分けつくだろうけど、俺の大事なもの、捨てるなよ」
「俺に任せとけよ」
 俺は笑った。
「邪魔っけなものだけさ」

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