真っ白な雪が舞い降りる中で、その男はいつものように町をぶらついていた。
「なんだよ、俺が何をしたっていうんだ。ついてないったらないぜ。一体いつになれば俺に幸せが来るんだよ! クリスマスが何だ、サンタがなんだっていうんだ」
若者と呼ぶには随分くたびれた印象のその男は、誰に言うでもなく叫んでいた。町の人たちは関わりを避けるように遠巻きに男を眺めた。
確かにその男の人生には、幸せは一度も訪れはしなかった。生まれてすぐに親に捨てられ、劣悪な環境の施設で歪んだまま育ち、大人になってからも、その歪んだ性格のせいでまともな職にもつけず、だらだらと生きながら、何とかその日を凌いでいた。まだ少年の頃、それを自分の運命とするのなら抜け出してみせると足掻いた事もあったけれど、結局は何一つ上手くいかなかった。男はどんどん歪んでいった。
もちろん、人の愛し方も愛され方も知らなかった。
男は、できる事なら生まれ変わりたいと願ったけれど、自殺を考えるほど純粋でもなく、今更まともに生きる努力もまっぴらだと考えていた。「こんな糞みたいな人生は、俺のせいじゃないんだから」 と、こぼす事で、自分を慰めていた。気づけば、明日はクリスマスだというのに、美味しいチキンも温かいスープも口にできそうにはない。どんなに固くてもいいから、ベッドと名のつく箱でゆっくりと眠りたかった。しかし日銭はいつものように酒に代わっていた。
ぶらついていた男は、斜め前の大きな家から住人が出かけて行くのを見かけた。家の隣は工事現場だった。何かビルでも建つのだろうか。いくつもの工事資材が乱雑に並べてあった。そのおかげで、通りからはその家は死角になっている。
「ちょっと頂いていくか」 男は家の敷地に入り、裏口へと回った。警戒しながら窓の中を覗いて見たが、人の気配はなかった。裏口の鍵をこじ開けて、ドアを開けて中へ入った。空き巣は何度も経験しており、手馴れたものだった。台所の引き出しを開き、数枚のお札を見つけポケットにねじ込んだ。男は宝石類を探そうと寝室に入っていった。ドアを開けると、小さな男の子が眠っていた。三歳くらいだろうか。その男の子を起こさないように、ドレッサーの引き出しをそっと開け、宝石を幾つかポケットに入れようとした。気配を感じて後ろを振り向くと、男の子が立っていた。
男は驚いたが、その男の子はににっこりと微笑みかけてきた。その笑顔を見て、一瞬戸惑った。天使のような笑顔だった。今まで一度として、こんな笑顔を向けられた事があっただろうかと、男はそのまま立ちすくんでいた。
男は戸惑いながらその男の子に話しかけた。
「ママはどこへ行ったんだい?」 男の子は笑ったままで男を見つめている。どうやら頭のイカれたガキらしい。是幸いと男は盗みを続けた。ふと気づくと、男の子はいなくなっていた。裏口のドアを開けっ放しにしてしまった為、そこから外へ出てしまったのかもしれない。少し気にはなったが、目的を果たした男はさっさとその家を出る事にした。
通りに出ようとすると、男の子が工事現場で遊んでいるのが見えた。
「おい、危ないぞ。こっちに来い」 男は周りを気にしながら男の子に声をかけた。男の言葉が理解できないのか、男の子はこっちを向いて、嬉しそうに笑っているだけだった。
男が近づこうとしたその時、鉄パイプが男の子を目掛けて崩れ落ちてきた。
「危ない!」 叫んだその瞬間、男は自分に何が起こったのかわからなかった。咄嗟に男の子の上に覆い被さっていたのだ。崩れ落ちてくる鉄パイプの下で、男は必死に男の子を守った。
誰かを愛した事などなかったのに、愛し方だってわからない筈なのに。ただ、自分に向けられたあの笑顔がとても愛しかったのだ。
男の意識が薄れてゆくその時、男の子は男の身体の下から、もぞもぞと這い出した。そして天使の笑顔を男に向けた。男は生まれて初めて、誰かにクリスマスプレゼントをする事ができたような気がした。
満足そうに少し微笑んだまま男は死んだ。
数時間後、男の死体は発見された。ポケットからは宝石や通帳が出てきた。
「全くいい気味だ、泥棒をした帰りに事故に遭うなんて罰が当たったんだよ。前科者のろくでなしだったらしいじゃないか。クリスマスイブだというのにバカな奴だ。それよりも、お前が無事で本当によかったよ。泥棒と鉢合わせでもしたら、殺されていたかもしれないんだぞ」
男の子の父親は、息子の頭を愛しそうに撫でた。
男の子はさっきまで笑っていたのに、少しだけ悲しそうな顔をした。