022 エリート高校生のクリスマス

これは高校3年、冬の話である。県下で一番の進学校に通っていた僕らは、いよいよ翌年に大学受験という、当時の心境からすれば人生の一大イベントを控えていた。僕らは、いわゆるエリートだった。クラスのほとんどが1年から大手の予備校に通っていた。入学と同時に、親、学校、地域、あらゆる期待が双肩にずっしりと、重く、のしかかってきていたのだ。1年目、2年目、楽しいことなど何も無かった。そして3年目。嫌でも受験は現実味を帯びてくる。もはや楽しい出来事を期待できるはずもない。みんながみんな、休み時間や食事、睡眠など、時間を惜しんでは、英単語の暗記、因数の分解、はたまた文章の読解、などの作業に明け暮れていた。花見もせずに勉強。海にも行かずに勉強。名月に気付かずに勉強。気が付いた時には、雪の降る季節。受験ムードは最高潮。油断するとピリピリと音を立ながら裂けてしまいそうな教室に僕はいた。そんなある日。冬休み間際の12月17日、昼食時。聞こえるのは、鉛筆がノートを走るサラサラとした音。参考書のページがたてる乾いた音。
菓子パンの袋が立てる少し気に障る音。コト。僕は消しゴムを落としてしまい、ため息をついた。床に転がった消しゴムを拾おうと手を伸ばしたその時、不思議な言葉が教室中に広がった。

「あーそういやもうすぐクリスマスだよな」

最前列、廊下側の男子、彼は確かにそう言った。静かな湖面に一石が投じられた。同心円状に波が広がる。そういや、どころの話ではなかったのだ。誰もが、クリスマスの存在には気づいていた。しかし、誰も、それを話題にはしなかったのだ。嫌っているわけではない。受験のため、この3年間を無駄にしないため。それを今、あいつは、口にした…の?僕は窓側の席。12月も半ばだというのに、気持ちの良い柔らかな日差しが誰もいないグラウンドに反射する。反射した光は、また空に向かって突き進む。僕がその光に乗って、空高く舞い上がった頃、彼は一息に立ち上がり、窓側、ちょうど僕の席の前まで歩いてきた。僕は彼を見上げる格好になる。君は、空よりも高いところにいるのかい。鳥よりも高く飛ぶのかい。

「なあ、24日にみんなでクリスマス会やんねえか?予備校とかサボってよ。飯食って、歌って、プレゼントなんか交換しちゃったり。ぜってー楽しいぜ。」

彼は、クラス中を見渡してそう言ったのだ。沈黙。言葉を返す者はいない。視線だけが教室中を駆け巡る。互いが互いを牽制し合っていた。カチカチ。時間と視線だけが動き回る。冬の日差しに両者が溶け合う。あいつ、何言ってんだ?バカじゃねーの?受験あるじゃん。勝手にやってろよ。勉強の邪魔しないでくれ。だよな。日本の歴史を暗記するのとか、けっこう忙しいしな。まあ、仕方ないか。僕が問題集のページをめくりかけた時、今度は、湖面に小さな波が立つのが見えた。一人の女の子が彼に応えてこう言ったのだ。小さな声だったが、こう言った。「あたし…やってもいいよ。クリスマス会」一瞬の間。小さなざわめき。はあ?何?あいつも終わったな。やんねえっつーの、なあ?……。彼は窓をガラリと開けた。冬の空気が流れ込む。まあ…な。うん、あ、でもさ…オレは1日くらいいいかもしんないって思ってきた…よ。今まで思い切り遊んだ事とかなかったし…。やってもいいよ、クリスマス会。そうだな、何か俺もそう思ってきた。たった1日、だしな。何だよ、じゃあ…俺だって参加…してえよ。あたしも。俺も。あたしも。サンサン。太陽が眩しい。やろうか。やろうよ、みんなで。みんなで、受験がんばろうぜ、って。な。…。…。彼は「よし。じゃあ、やろう。」と言った。もう、反対する者はいなかった。みんな、少しだけ楽しげだった。こうして、僕たちはたぶん人生で初めてクリスマスを祝うことになったのだ。

当日、12月24日。寒い、とても寒い日だった。僕はみんなで決めた待ち合わせ場所に向かう。少し早く着くと、彼がいた。他にはまだ誰もいなかった。みんなで決めた約束の時間になる。1時間、2時間。誰も来ない。僕と、彼、2人。僕らは、何も喋らなかったけれど、プレゼントを交換し合った。彼のプレゼントは深い緑色の手袋だった。僕は、今でもそれを愛用している。あれから6度目の冬がきて、大学受験も今年で6度目だ。ちなみに彼は、東京大学とかいう意味の分からない大学を卒業した後、大手企業に勤めていると、空風の噂に聞いた。

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