017 Silent

 元来目覚めはよくないほうだから、私は起きたのを自覚しても動けない。焦らないで、ゆっくりと体を起こさないといけないのだ。少しずつ頭の先から感覚が降りてくる。音を感じるようになると少し離れた場所で、窓枠が楽しそうに揺れる音が聞こえた。そういえば、昨日も風が強かったな、なんて寝ぼけた頭で考える。目を頑なに閉じたまま、身じろぎを一つ。ああ、私はコタツに入っていたのだった。それを自覚したとたん、少し息苦しくなって目を開ける。オレンジ色の光が、狭いコタツの中を頼りなさそうに照らしていた。
 まだ、此処に居ようか、外に出てご飯を食べようか。ああ、ご飯はもう食べたんだっけ。顔を擦りながら考えていると、鼻に御主人の匂いが届いた。やっと、体中が起きだした合図。御主人の匂いに釣られ、辺りを見回すが見当たらない。きっと、コタツの布団の上に座ってるのだ。間違いないとばかりに私はコタツから顔を出した。
 熱にほてった顔が、部屋の冷たい空気に晒されて驚くのが判る。顔を一振りすると、なんだか毛穴から熱が逃げていくような感覚がした。覚悟をきめ、勢いをつけてコタツをでる。一息つくと、窓枠の騒ぎ声が耳についた。まるで踊るように、楽しそうに震えている。窓枠は踊る、その向こうは真っ白で見えない。窓が曇ってるのだ、外が見れなくて私は少し残念になった。残念ついでにあくびを一つ。
 体にまとわりついた熱を取り払うように、私は伸びをする。部屋の空気は、コタツと違って冷たくまるで私を拒むような趣すらあった。外の冷気は、壁や床、そして窓を伝ってゆっくりと染み込んでくるのだ。まったく、不愉快この上ない話である。
 ふと、視界の端で動くものを見つけた。御主人だ。近づくと、気持ちよさそうにコタツの布団の上で寝転がっている。部屋が寒い腹いせとばかりに、寝息を立てているご主人をつつく。けれども御主人は一向に起きなかった。変わりに、身じろぎで返事を返してきた。そして、私に背中を向けて、また眠りへと落ちていった。クリスマスだというのに、のんきなものである。
 冬の空は、曇ったガラスの向こう、己の仕事に躍起になっている。外に続く窓は、楽しげに風と踊りつづけていた。起きない御主人を見捨てて、私は窓のそばへと足を運んだ。近づけば、結露も気にならなくなり、だいぶ外が見えるようになる。変わりに、窓から染み込んでくる冬が私の足を鈍らせた。踊る窓に手を当てると、冷たさがじかに伝わってくる。ふいに、騒がしかった窓が静まり、部屋に静寂が下りた。遠くで聞こえる風の音。電化製品が、発する微細な音。それらが逆に静寂を際立たせる。一瞬、あまりの静寂に耳鳴りを覚えた。手がかじかんでいくのを判っていながら、私は体を動かせなくなる。動いたら、この静寂を壊してしまいそうで怖かった ―――
 どれほどの静寂に身をゆだねていただろうか、ふと背中に御主人の気配を感じた。振り返ると、私の後ろに御主人が座り込んで此方をみている。何をしているのかと、不思議そうに顔を傾げて。なんでもないと、私は窓から手を離す。とたん静寂は破られた。窓はここぞとばかりに、揺れ始める。もう、遠くの風の音も、電化製品の挙げる声も聞こえなくなった。暗い部屋。ビデオデッキがデジタルの時刻を光らせている。と、御主人が窓に触れていた私の手に触った。驚いて、ご主人を見ると、まるでこれが私からのプレゼントだ、ありがたく暖まれ。といわんばかりの誇らしげな表情をしている。事実、先ほどまでコタツの布団で寝ていたのだから暖かい。じんわりと、御主人の暖かさが手から伝わってきた。嬉しくなって、私は御主人を抱き上げる。
「ニャア………」
御主人が、少し迷惑そうに鳴き声をあげ、軽く爪を立てた。

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