大体三度も同じような経験を繰り返すと、起こっている現象そのものよりもその現象を引き起こした原因の分析の方に目が行ってしまうのが人間であり、そう考えるとクリスマスの朝、イブの夜降ったのであろう雪が積もって薄く漂白された狭い庭の真ん中に突っ伏しているサンタクロースの赤すぎる死体を見つけた私が、全く青く晴れ渡る上空を、対流だとか、そういった図形のようなものを思い浮かべながら見上げるのも無理はなく、当然のことながら既に過去二年間にわたって同じ光景を目の当りにしている私の口をついて出る言葉は、例えば朝のニュースで不祥事が発覚した政治家の薄くなりすぎた頭髪を見させられたときにコーヒーを啜りながら感じるような「またか」である。
暫くの間死体と雪と空を眺めた後、例年の如く真っ先に調べるのはプレゼントの袋で、その中に収まっている幾つかの玩具と届け先の住所リストを確認すると私は口を歪めた。他人の残した仕事を片づけるというのは鬱陶しいことこの上なく、できればやりたくはないのだが報酬が出るとなれば話は別だ。私は別居中の妻と暮らしている息子と娘がニンテンドーDSとテディベアの大きな人形を欲しがっていたことを思い出し、(テディベアは少し小さいような気がしたのだが妥協してもらうことにして)それを抜き取ると、毎年何の変哲もないプレゼントを欲しがる息子達に感謝しつつ、リスト内で商品の合致する箇所をボールペンで塗りつぶした。合計で二万以上、三万弱といったところか。日給としては悪くないのだが、潰れた顔を見ないようにしながらズルズルと太った死体を引き摺り、バスルームまで運んでいるとやはり割に合う仕事とは思えず、サンタの服を剥ぎながら引っ越しにかかる費用のことをふと考える。意外と血に汚れていない下着が現れると今年のサンタもまた頭からゴツ
ンといったらしいことが窺え、先に庭で見た瞬間から目の端にまとわりつきフラッシュバックする、3/5ほどに潰れた頭部からはみ出した脳みそがどろりと流れ出る光景を追い払おうと、鏡の前で精一杯「これは仕事ではなく善意でやっているのです」といった風な笑顔を作り、赤い服を纏ってにこりと笑う。
「メリークリスマス」
湯船からじくじくと容赦無く這い上がってくる血の臭いが鼻を突く。雪に濡れた大きすぎるズボンを履き、取り敢えず死体はそのままにしてリビングに戻り、帽子を被りながらリストを確認する。そんな自分を客観的に眺めてみると、これはこれでなかなかサンタらしいではないかと下らないことを思うのだが、来年もまた死体をズルズル引き摺らなければならないことを思うと、やはり割に合う仕事ではない。