012 甘い指輪

イブ当日、いきなり上司から呼びつけられた私は、設計図のミスを指摘されかなり落ち込んでいた。
「工藤。お前やる気あんのか? クライアントへの提出日は明日なんだぞ? イブだからって浮かれてたんだろう!」
「申し訳ございません。すぐやり直します」
「当たり前だ。今すぐ全部描き直せ」
「はい」

『イブだからって……』という言葉がグサリと胸を突き刺す。確かに私は達哉と過ごす今日の事ばかり考えていた。
達哉は私の3つ上で、去年の暮れあたりから付き合っている。今年初めて二人で過ごすイブに浮かれていたのは間違いない。痛い言葉だった。
髪の毛をピンで束ね、デスクに戻って図面を広げる。これを完成させるまでに半日かかった。一度描いたからわかってるとはいえ、後4〜5時間はかかるだろう。
時計はもう5時を過ぎている。達哉に電話しておかなくては。
バックから携帯を取り出し、上司に見つからないよう背中を丸めてボタンを押す。
「おう。お疲れ!」
仕事を終えて会社を出ているのか、達哉の周りは少しうるさい。
「お疲れ。あのね。今日会えないかもしれない。」
小声でぼそぼそと話す私。
「なんで? 何かあったの?」
「仕事でミスしちゃった。設計図を描かなくちゃいけないの」
「うわー。マジか。でもそれなら家で出来るんじゃなかった?」
「出来るんだけど今日中に仕上げなくちゃいけないから。お店キャンセルしてくれる?」
「しゃーねーなー。んじゃ、ひとりで飲みにでも出かけるか。」
「ごめんね。早く仕上げるようにするから。終わったら電話する。」
「おう。頑張れ。」
「うん。じゃね。」
本当なら8時から達哉とイタリアンを食べてたはず。2週間前の日曜に「うまい店見つけた! 友香なら絶対気に入るはず! イブはそこで飯食おうぜ!」って嬉々としながら予約してくれてたのに。

「工藤、俺も先に帰るから出来上がった設計図はデスクの上に置いておいてくれ。明日クライアントに俺が渡しておく。」
「はい。わかりました。申し訳ございませんでした。」
「さっきは言い過ぎて悪かったな。早く終わらせていいイブを過ごせよ。」
「ありがとうございます。お疲れ様でした。」
「お疲れ。」
上司も帰り、誰もいなくなったオフィスをいい事に煙草に火を点けた。吸わなくちゃこんな些細なミスをした自分への苛立ちを抑える事が出来ない。2Bの鉛筆を力いっぱい握り締めて図面に線を引く。後悔してばかりもいられない今やるべき事をやらなくては。

「できた!」
完成した設計図をもう一度念入りに見つめ直し、上司のデスクに置く。急いでコートを羽織、バックを引っ手繰るように掴んで外へ出た。
『達哉に電話しなくちゃ。どこで飲んでいるんだろう。』
携帯を片手で操作しながら階段を下りると、見たことのある背中がそこにあった。

「何してるの?」
達哉だ。ぶるぶる震えている。
「おう。お疲れ!」
「いつからここにいるの? 飲みに行ったんじゃなかったの?」
「行こうと思ったんだけどさ。今日イブだぜ? カップルばっかでやってらんねーっつーの」
「もしかしてずっと待ってたの?」
「んぁー。まぁな。」
「あたしの家で待ってるとかしてれば良かったのに」
「なんだよ。せっかく待っててやったのにそんな言い方あるかよ。わかった。やんねー。プレゼントやろうと思ったけどやんねー。」
「わーわー。待った。嘘。今の言葉全部嘘」
「ははは。現金な奴。ほら。」
大きな白い箱を手渡されて私は一瞬キョトンとする。
「ケーキ?」
「なんか文句あんの?」
「ないけどここでケーキ渡す? 家に帰ってからでもいいじゃない」
「俺はイブにケーキを食わないと嫌なんだ。時計見てみろ。今何時だと思ってんだ。食うぞ!」
「ここで食べるの?」
「そうだよ。ほれ。フォーク」
「嫌ー! こんな寒い所でケーキなんていやー!」
「我儘言うな。食え。さっさと食え!」
「きゃー! クリームがコートにー!」
ゴリッ! 妙に硬い何かが歯にあたる。
「何、なんかあたった」
達哉は何も言わずニヤニヤしている。私は口の中からその硬いものをぺロっと出した。丸い丸い……指輪?
「指輪。」
「お前、この前買い物行った時その指輪見てただろ。すっげー欲しそうにしてるのに、何も言わないのな。」
「たっちゃん素敵! ダンディ! めっちゃ愛してるッ!」
「あのさ、そういう言葉は普段からもっと言えよ。頼みごとした時と貰った時だけじゃねー?」
「つけてつけてつけてッ!」
「人の話聞けよ」
そう言いながらも私の薬指にその指輪をはめてくれた。
「嬉しい♪ あ。こういう時は愛してるよ。とか言うもんだよ?」
「ばっか!」
「莫迦とは何よ。たっちゃんは愛が足りない。」
「うるせー。そういう問題じゃねー!」
恥ずかしそうに悪態をつく達哉をぎゅっと抱きしめる。雪も降らないし、予定とはかなり違うイブになってしまったけれど、この人と同じ時間を過ごせただけで良しとする事にした。

→Next
←Back
→クリスマス雑文トップ