011 アンチクリスマス

イベントなんてくだらねえ、というのが彼の口癖だった。クリスマスだからといって、みんな揃ってルミナリオだかミレナリエだかありがたがって見に行ったり、好きでもないケーキ食べさせられたり、金のかかるプレゼント渡したり、バッカじゃねえの、マスコミに踊らされすぎなんだよ、と嘲笑する。確かに一理ある意見だとは思うけど、私としてはクリスマスくらいは一応ちゃんとしたデートをして欲しいのだ。去年は付き合い始めて1ヶ月という初々しさだったにもかかわわらず、イブの日は有馬記念の馬券を買ってラーメンを食べて解散だった。ああいうのは正直淋しい。
「じゃあ、せめて人のいない所に行こうぜ。人混みだけは勘弁」
彼が妥協案を提案する。
「鎌倉なんてどう? キリストさんの誕生日にあえて仏教の寺巡りって面白くない?」
それはそれで楽しそうだ。私は首を縦に振った。

イブの鶴ヶ丘八幡宮は笑っちゃうほど空いていた。参道のベンチに老夫婦が座っていたのを除けば、見渡す限り自分たちと鳩しかいない、貸し切り状態だった。1週間後の初詣の時期には入場制限するほど混雑するだなんて想像もできない。なんだか得した気分だ。
参拝したあとは江ノ電に乗って、長谷駅で降りた。目指すは高徳院の鎌倉大仏。駅前にはまだ人がちらほらいたけれど、近づくにつれどんどん人気がなくなって、やはり大仏も貸し切り状態だった。誰にも邪魔されずにゆっくりと拝観し、記念写真もたくさん撮った。
近くにあった長谷寺にも寄ってみる。菩薩像や阿弥陀如来像を見て、見晴らしの良い駐車場から由比ヶ浜の海を眺めていると、だんだん日も落ちて肌寒くなってきた。長谷駅付近のお店はほとんどがシャッターを閉めていたので、とりあえず鎌倉駅にまで戻って夕飯を食べようということになった。

ところが、鎌倉駅まで行っても閑散とした状況は何ら改善されなかった。通行人といったら会社帰りのおじさんばかりだし、開いているお店も少ない。雨戸の閉められた建物とネオンの消えた看板だけが並ぶ大通りは、さながらゴーストタウンのようだ。ますます冷え込んでくる空気も相成って、世界から取り残されたような不安な気分になってきた。
手頃なレストランはとうとう見つからなかった。歩いたおかげでお腹もぺこぺこだし、手足も冷えて感覚がなくなってくる。横浜まで行ってみようよ、という私の提案を、彼も認めずにはいられなかった。一刻も早くこの淋しい街を脱出したいという気持ちが大きかったので、ヒーターの効いた電車に乗った瞬間はホッとした。

横浜は予想通り、カップルで押し合いへし合いで、ほとんどの店の前には行列が出来ていた。しかしどの店にも暖かそうな明かりが灯っていて、楽しげなクリスマスソングが響いている。その中でも待ち時間が少なそうな行列に並ぶ。ドアを開け閉めするたびに、鶏肉の焼けるいい匂いが漂ってきた。
30分ほど待って、やっと席につくことが出来た。厨房から聞こえてくる店員たちの慌しい話し声が玉に傷ではあるものの、サンタクロースを模ったキャンドルに灯が点ると、それなりに良いムードになった。
「まったく、なんでたかが飯食うのに並ばなくちゃいけないんだよ。これだからクリスマスなんて」
彼は、相変わらずブツブツ文句を言いながら、手を上げてウエイトレスを呼ぶ。そしてメニューを開き、一番上を指差して注文した。
「この、クリスマススペシャルディナーセットっての、2つで」

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