クリスマス、街はイルミネーションで彩られ、人々はどこか楽しげに笑っている。僕はこの雰囲気には毎年馴染めずにいた。一緒にすごす相手のいない男のクリスマスなど、寒々しいものだ。いつもと変わらない冬の一日をすごすだけ。決して特別な日などではない。
だが今年は違っていた。いつもと変わらないはずの一日が、今年だけは、僕にとっても特別な日になった。
僕はサンタクロースになったのだ。
バイトの客寄せなどではない。本物のサンタクロースだ。どういうことかと聞かれると、実は僕もよく分かっていない。初めてこの話を聞かされた時、僕はまったく信じていなかったのだから。
去年の12月24日、いや、正確には25日の午前3時、僕はボロアパートの扉を叩く音にゆすり起こされた。しぶしぶ布団からはい出して扉を開けると、そこには一人の男が立っていた。男は僕の姿を見ると、右手をあげて、やけに気分良さげに言った。
「やあ、やっと起きたね」
突然現れてずいぶん馴れ馴れしいヤツだと少しムッとしたが、それよりも驚いたのはその男の格好だった。赤と白の服、独特の帽子、肩にかついだ大きな袋、どこからどうみてもサンタクロースだ。ただ、白い髭のむこうに隠された顔は、サンタクロースというには若すぎる感じがした。
「なんだよ。パーティーなら部屋を間違えてるぞ」
「いや、ここで合ってるよ」
「は?じゃあなんなんだよアンタは」
「サンタクロースだよ」
「はぁ?」
ただでさえイライラしていた僕は、そのあっけらかんとした返答がやけに頭にきて、男を突き飛ばした。男は少しよろめいたが、すぐにこちらを向きなおした。
「信じられないかもしれないけど、俺は本物のサンタクロースなんだ」
男はそれでも気分良さげに、笑顔で言った。その突拍子の無さと笑顔に、怒る気も失せた。もうさっさと話を終わらせて、帰ってもらおう。そう思って、さっきよりだいぶ冷静な口調で、男に話しかけた。
「そのサンタクロースが何の用だよ」
「これを預けに来たんだ」
そう言って男は持っていた大きな袋を僕に差し出した。中には何も入っていない。
「これ、って、この袋か?」
「そうだよ。キミは来年のサンタクロースに選ばれたんだ」
「は?」
「最初は信じられなくてもいいよ。でもとりあえずこれは受け取ってくれ。俺も一晩中働いて疲れたんだ。キミにこれをプレゼントしたら、俺の仕事は全部終わりだ」
「プレゼントって、この袋が?」
「だから言ってるだろ? この袋が、来年のサンタクロースになるための免許みたいなものさ、それがキミへのプレゼント」
「訳がわからない」
「だからそれでいいって。とりあえず、袋だけ受け取ってくれたら俺は帰るよ。どうする?」
「わかったよ」
僕は袋を受け取った。男は満足そうに笑った。
「きっと後悔はしないと思うよ」
男はそれだけ言って、やっと僕の前から姿を消した。僕は袋を枕元に放り出して、すぐに布団に身をうずめて眠りについた。
当然、男の話なんかまったく信じていなかった。ただ、あの袋だけはなんとなく捨てられずに押入れにしまったまま、あの夜のことは忘れていた。11月、部屋にダンボール三箱にもなる荷物が届くまでは。
2つの箱の中には、いかにも子供が喜びそうなオモチャがいっぱいに入っていた。そしてもうひとつの箱にはサンタの衣装と、細かく書き込みがされた名簿、それとなにかの冊子。冊子には「サンタクロースの心得」という見出しがついていた。そこにはサンタクロースの歴史、この制度が世間に公表されていない理由、サンタクロースの細かい仕事の内容などが書いてあった。イタズラには見えない。
ここまでくると嫌でも信じてしまう。どうやら世の中には本物のサンタクロースが存在するようだ。去年のクリスマスに来た男は、僕にサンタクロースの仕事を引き継ぎに来たということらしい。毎年一人ずつ、選ばれた男がサンタクロースになる。僕はいつの間にか、自分がサンタクロースになるという事実をすんなり受け入れてしまっていた。どっちにしろクリスマスに予定なんてないんだ。いつもと同じ一日を過ごすよりは、少しは楽しめるかもしれない。
それからは、自分がサンタクロースとして仕事をすることについて考えるようになった。住宅街をサンタの格好で歩いたりして怪しまれないだろうか? 住所どおりにプレゼントを配ることができるだろうか? そして、子供達は僕のプレゼントを喜んでくれるだろうか。
もう今日は12月24日、クリスマス・イブ。僕は服を着替え、ボロアパートのドアノブに手をかけた。なんとなく、子供達の喜ぶ顔を思い浮かべる。「きっと後悔はしない」あの男の気分良さげな声が、なぜか思い出された。
今日はクリスマス。僕にとっても、ちょっとだけ特別な日。
さぁ、仕事に出かけよう。
僕はサンタクロースになったのだから。