「ごめんなさい、あなたとは一緒に過ごせないの」
そう言うと、男は落胆した表情で去って行った。
その後ろ姿に、そっと弁解する。
あなただから、断ったわけじゃない。誰とも、今年のクリスマスを過ごす気はないの。
…だって、彼がいないもの。
彼は良く晴れた日曜日の空気のような、温かで、朗らかな人だった。
おいしいものが大好きで、そんな彼に連れられて私はベトナムのスープを味わったり、夜明けの海で朝日を見ながらシャンパンを飲んだりしたものだった。
彼から教わったものはどれもこれも、眩しいくらい素敵な思い出として私の心の中に蓄積されていった。
でも、もうそれらが増えることはない。
彼は死んだ。それも呆気ないくらい簡単に。
風邪をこじらせての入院だった。
お見舞いに持ってきた林檎に微笑み、退院したらあの店のアップルパイをワンホール食べようなんて言っていたのに。
気がついたらたくさんの管が彼の身体を侵蝕し、大勢の医師や看護婦に囲まれて居場所をなくした私の前で、彼は息を引き取った。
二人で過ごしたクリスマスの、三日後のことだった。
その日から私は二人で暮らしたアパートの広い広いベッドの上で毛布にくるまり、ただこの身が朽ち果てていくのを待つばかりだった。
目を閉じても、もう彼はいない。
眠る私をキスで起こしてくれる王子様はもう、いない。
私は一人。一人は怖い。
どうせならあの夜、私も彼と一緒に天国に召されれば良かったのに。
そう思いながら迎えたクリスマスイブ。
私はいつも週末にそうしているように、大量の睡眠薬を飲んでベッドに入った。深い深い眠りに落ちて夢も見ないで眠れば、目が覚めて一人だったとしても怖くない。それはこの一年で学んだ、自分を守る術だった。
だんだん眠気が押し寄せてくる。もう、何も考えられない…そういう境地に入ったその時だった。
どこからか、私を呼ぶ声がする。
重い瞼をこじ開けようとするが、薬で弛緩した身体は言うことを聞かない。
もどかしい思いで身をよじらせると、ふと、唇に温かいものが触れた。
彼の、唇だった。
忘れるはずがない。何十回も、何千回も、重ね合わせた彼の唇だ。
私は必死に手を伸ばし、彼の頭を引き寄せた。
そして何度も、何度も、キスをした。
懐かしい匂いがした。
日向の匂い。彼の髪の匂い。
ああ、戻ってきた。彼が戻ってきた。
目が覚めると、私はもう孤独ではなかった。
彼はここに、いる。私と一緒に。
そう感じたからだ。
それは一生眠り続けられず、白雪姫にもなりそこねた私への、彼からの最後のクリスマスプレゼントだった。