000 ギブミー

「今日、クリスマスイブだよな」
「うん」
「なんで俺、お前と鍋つついてんの」
「こっちの台詞」
 窓の外はここが東京とは信じがたいほどの吹雪で、電車はおろか駅までの移動すらおぼつかない。
 俺は小鉢に取り分けた寄せ鍋の汁をぐいと飲み干すと、カーテンを僅かに開けて外の様子を眺め、状況が5分前とまるで変わっていないことを確かめるとため息をついた。
 この部屋の主、倫子の母親と俺の母親は姉妹と云う奴で、つまり俺と倫子は従兄妹同士の間柄になる。
 春から倫子が大学に通いはじめたのをきっかけに、俺の部屋に送られる食料品は2人分になり、倫子の取り分をアパートまで運搬するのは必然的に俺の仕事になった。
 俺の大学寮と倫子のアパートは決して近所ではないのだが、母親達にとって2人の住処は同じ「東京」と云う認識のようだ。東京の規模を自分ちの町内か何かと勘違いしてる。
 そして、オバサマ達が送った12月分の荷物はよりにもよってクリスマスイブの今日にアパートへ届き、寮を出るとき穏やかだった天気は倫子のアパートにつく頃になると視界0に限りなく近い暴風雪に変わっていたと云うわけだ。
「まあまあ、お酒でも飲みながら待とうよ」
「なんで酒あるの、未成年」
「こっち出てくる前から普通に飲んでた」
「叔父さんにバレたら怒られるぞ」
「一緒に晩酌してたよ」
 思うのだが、叔父叔母はこの娘に甘すぎる。

「じゃじゃーん、シャンパーン!」
 倫子が手にしているのはなんだか高級そうなシャンパンだ。
「こんなの飲んでるのか」
「いつもはビールとか」
「これ独りで飲むにしちゃ多くないか」
「そう? もう1本あるよ」
 男の俺と2人で食べて十分あった鍋の材料、2本用意したシャンパン。
「あ、あのさ倫子」
 シャンパンの頭についた銀紙と格闘している倫子に声をかける。
「ん?」
「ひょっとして、ケーキもあるのか」
「あるよ。もうケーキ食べちゃう?」
 普段は無愛想な倫子が変に明るく振る舞ってるから変だと思ったんだ。
 全てのパーツが綺麗に揃った。
「その、なんだ、元気出せよ」
「?」
「急に男と別れたんだろ。でなきゃこんなに段取りよく食材やら酒やらが2人前ずつ揃ってるわけないもんな」
「……」
「俺で良ければ酒ぐらい付き合うしさ」
「……」
 急転直下、さっきまで気持ち悪いぐらい笑顔だった表情が一挙に曇る。
「あ、泣くなよ、泣かれるとあれだぞ、俺は逃げ帰るぞ」
 だが、厚手のレンズの奧からぐっと俺を睨み付けたその顔にはむしろ、哀しみより怒りが浮かんでいるように見えるのは気のせいか。
「馬鹿」
 今にも発射されそうなシャンパンのコルク栓がこっちを向いた。

「だいたいねえー」
「はいはい」
「ヒロちゃんは、人の心配してる場合じゃないじゃん」
 倫子はグラスの赤ワイン(シャンパン2本は既に飲み尽くした)を勢いよく飲み下し、代わりをじゃぶじゃぶと注ぐ。居酒屋のチューハイみたいな扱いを受けて、グラスもワインも気の毒だ。
「聞いてる!?」
「聞いてるよ、聞いてるけどお前ちょっと飲み過ぎ……」
「まだまだあるもん」
 俺が心配してるのは酒の残量じゃないし、これ以上の酒は要らない。
「らいたいねえー」
「はいはい」
 眼鏡の奧の瞳はとろりと緩んで、今にも撃沈寸前だ。眠っちまうまえに帰りたいのだが、表は今サンタクロースも遭難必至の惨状ときた。やれやれ弱ったな。
「ヒロちゃんは、クリスマスに誘うさあ」
「うん」
「好きな女のひとりも、いないのか、ん?」
「いない」
 嫌な質問すんなこの酔っぱらい。
「ぃよしっ」
 こたつの差し向かいから両拳を胸の前に構え力を込めている。なんだ、その変な気合い。
 倫子はやおら立ち上がり、パジャマの上から羽織っていた半纏を脱ぎ捨てる。ガウンを脱いだプロレスラーの様相だ。そして、天井に向かって大きく吸い込んだ息をゆっくり吐き出すとこちらを見据える。ファイトの相手は俺のようだ。
 ノーガードのままよろよろと1歩ずつこちらに近づく倫子。
 俺はまだこの酔っぱらいの思惑が読めない。
 そのまま倫子はごく当たり前のように俺をまたぎ、ぐい、と頭を抱え込むんだ。
 あれ。これ、あの、キスを奪う仕草?
「んな、なんだ」
「……プレゼント」
「おいおい、冗談よせよ」
「プレゼント」
「お前酔ってるだろ」
「プレゼント!」
 近づく顔、逃げる俺。
「おお落ち着けって。そんなん、して貰わなくていいって別に俺」
 倫子がじれったそうに俺の言葉を遮る。
「誰が『あげる』って言ったの」
「は」
「あたしは『よ・こ・せ』って言ってるの!」
 あーそうか。
 2人分の鍋、シャンパン、ケーキ。酩酊するほど飲む理由。奪うんじゃなくて、ねだる仕草。
 頭の中で全部の符号が合わさっていく音と共に、有無を言わさぬ勢いで倫子の体重と唇が被さってきた。

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