かつて、岡田斗司夫の著書「いつまでもデブと思うなよ」でブームとなった「レコーディングダイエット」をベースとしたWebサービス、いいめもダイエットサービスが岡田斗司夫本人の抗議によりサービスを中止した、ってなことがあった。
(参考:いいめも開発ブログ | いいめもダイエット サービス停止のお知らせ、スラッシュドット ジャパン | 岡田斗司夫氏の主張によるサービス停止の話題、続行中)
リンク先に岡田斗司夫の抗議全文が公開されている訳ではないので是非の判断をするにはやや材料が足りないのだけれど、
・ダイエット方法のような「アイデア」は著作権の及ぶ範疇ではないそうだ。従って著作権を盾にサービスの停止を求めるのは筋違い。
・しかし、いいめもが岡田斗司夫の名前を本人に無許可で使用したのはパブリシティ権と云う観点から見ればいいめも側に非があるように見受けられる。
・振りかざす武器に勘違いがあった点で岡田斗司夫の抗議はやや恥ずかしいものであるが、抗議すること自体はさほど見当違いではない。
・ただ、サービスの停止まで求めるのが妥当かどうかは判断の分かれるところ。
って辺りで大体合ってるのかなと云う気はする。
さて。
騒動がこれで終わってれば良かったんだけど、だ。
なんと、このあと少しして「いつまでもデブと思うなよ」の一部(第7章)が、夏目祭子さんのダイエットやめたらヤセちゃったの内容と酷似していると云う事実が浮上した。
先も触れたとおり、ダイエット方法そのものはアイデアなので著作権の及ぶところではないらしい。だから、岡田斗司夫がいつぞやの唐沢騒動の如きパクリをやらかした、と云う訳ではない。
しかし、「いつまでもデブと……」を書き上げるなかで大いに参考にした(のであろう)文献について一切自著内で触れない、と云うのはもの書きとしての礼節に欠ける行為で、夏目祭子さんは自身のウェブログ、夏目祭子のアンチダイエット・スリミングな生活で、「『いつまでもデブと思うなよ』第7章が『ダイやめ』をマネているというご指摘に答えて」と云うエントリーを上げてこの点をやんわりと非難していた。
(ちなみに現在このタイトルのエントリーは削除され、サイトトップにはご心配をおかけしました・感謝をこめてと云うエントリーが上がっている。
まあ、人間消えてると思うと読みたくなるもので、そうした需要に応えてなのか該当エントリーは短い公開期間のうちにしっかりとWeb魚拓でキャッシュされていたりする。興味のある方は参照されたい。
このうえ何らかの原因で魚拓が消えたりすると、もしかして該当エントリーのキャッシュが方々に拡散したりするかもしれないね)
まあ、概ね事態は終息の方向に向かっていると考えていいだろう。
それにしても、既刊の本から盛大にアイデアを拝借したあげくそのことは一切自著内で触れることはなく、その一方でいいめもには難癖をつけサービスの停止を要求すると云う岡田斗司夫のメンタリティは相当に恥ずかしいと思うのだけどそのへん岡田斗司夫自身はどう捉えているんだろうな、と云う疑問が残る。
今のところ当事者が水面下でどのような折衝をしているのか、インターネットの上からは知ることができない。野次馬としては面白味に欠けるところだ。
なお、余談としてレコーディング・ダイエットのススメのコメント欄が現在姿を消していることも付記しておきたい。
リンク先ウェブログ内エントリー、「ある問題」についての
コメント蘭のみ、約束ですから削除しません。
と云う一文はいかにも空しい。
ほかに、いいめもの件について書かれた賢明なブログ読者の皆様へで「ノーカットなら引用転載自由」とか書いちゃってるのも少し気になる。いや、余談の中の更に枝葉末節、重箱の隅つつきとは自覚するけど。
転載の方はともかく、引用は法の範囲内で適正に用いられるならば全文を提示する必要はなく、岡田斗司夫がノーカットと云う条件を付ける筋合いのものではないんじゃないの?
(一段腰を低くしてお願いと云うスタンスを取ったなら理解できなくもなかった)
前述のメンタリティにおける恥ずかしさの比ではないけれど、ものを書いて人様に売ろうと云う人間が「著作権」や「引用」ってな言葉の意味について無自覚なこともなかなかに恥ずかしいと思うんだがどうだろうか。
書き手の人間性の質、或いは意識の高い低いは、必ずしもその著作の質の高低と正比例しない。書き物に関わらず、芸術なり実業なり政治手腕なり、すべての場面においてそうしたことは言えると思う。
だから、岡田斗司夫に少々恥ずかしい行状があったり唐沢俊一が盗作者であるからと云って(そういや、このひとたち揃ってと学会の面子なのな)その著作が直ちに駄作であるとかクオリティが低いと云うようなことには結びつかない。
しかし、僕は今後彼らの名前がクレジットされた書籍を目にしても、そこによほどの事情でも発生しない限り買わない気がする。
いや、僕一人ぐらい彼らの本の潜在的な読者でなくなったからと云って、そんなの何ほどの痛痒にも感ぜられないだろうけれど、ま、いち本好きのささやかな抵抗と云う奴だ。
真っ赤になってどこまでも糾弾するほどではないけど、苦笑のあと「あーあ」って思わず口から漏れる案配とでも言おうか。