7月の最終週辺りからちょっと蕎麦を食べる足が遠のきはじめ、そこから約6週間。
9月の中旬頃になって僕はようやくお気に入りの蕎麦屋に出向いた。前にも書いた記憶があるが、蕎麦屋までは家から車で20分ほど郊外に出る。
ジーパンのポケットにキーをねじ込みながら店の前に立つと、紙に手書きで『新蕎麦はじめました』の張り紙。
厨房から湯気と一緒に漂ってくる香りが食欲を誘う。
蕎麦成分を求める声が身体の中央辺りから聞こえるようだ。
生憎と更級は全て出ており、二八蕎麦の大盛りを注文する。
程なく出てきた蕎麦をありったけ箸で掴み、濃口のタレに足下だけ浸してぐっとすすり込んだ。
蕎麦が高く香りながら喉を落ちてゆくのがたまらない。
香りについて形容する言葉として『高い』と云う表現はあまり用いられないような気がするけれど、口の中から鼻の奥に向けて蕎麦の香りがふうわりと抜けていく感触は高く香ると書くのが一番しっくり来る。
二口目になってようやく薬味の葱をタレに加え、わさびを蕎麦の上に少量伸ばす。
ここで蕎麦の味わいが独唱からハーモニーに変化するわけだけど、葱の辛さ、わさびの刺激、タレの味、蕎麦の味が決して鋭敏ではない僕の味覚にもしっかりと味わいを残しながら胃に落ちてゆく。
いや、もう、その快感たるや。
もっと蕎麦食え、もっと蕎麦成分を満たせ、と云う信号に突き動かされるように僕は箸を動かし、瞬く間に大盛り二八蕎麦は笊から姿を消した。
残ったタレにそば湯を注いで、そっと箸でかきまぜる。
舌を焼かないように注意しながらそろそろと飲み下すと、冷えた蕎麦で収縮していた食道に熱を移しながらそば湯が身体に満ちる。
残ったわさびをそば湯に溶いてもう一口。
底の方に残った粘度の高い湯を継ぎ足して、更に一口、二口。
器が空になる頃にはすっかり蕎麦欲求を満たした満足感が残った。
次はなめこに大根下ろしに天かすが盛り込まれたぶっかけ蕎麦を食べたいな、なんて考えながら家路につく。
今度行く店の見当をつけつつ、旨いもののことを考えていると幸せだなあなんて呟きながらアクセル踏む足どりは軽い。
フロントガラスから空を見上げれば澄んだ空が遙か向こうまで突き抜けている。
ここから2ヶ月ばかりが一年でもっとも僕の好む季節だ。
2006/10/12 (Thu)
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