ほぼ日刊イトイ新聞のコンテンツ、翻訳前のアメリカ。に大型台風カトリーナの話題が出ている。
要するに、防災対策をしっかりしなかったから被害がより大きくなっているのだ、と云うお話。
また、内田樹の研究室のエントリー、カトリーナのもたらした災禍で、書き手のウチダ先生は
単なる行政府の防災体制の不備というより、アメリカ社会そのものの本質的欠陥が露出した結果のように思われる。
なんてなことを仰っている。
ちょっと話が変わるけど、じっぽさんのいやしのつえには「心付け」なんて、要りません。と云う文章が上がっており、件の国の医療について
基本的には「お金を出せる人のほうが、良い医療を受けられる」というシステムなんですよね。
と云うような考察が出ている。
じっぽさんが提供したのはあくまでドラマ内の話だけど、まるで実状と乖離しているってことはないだろうから実際「持てる人は持てる人なり、そうでない人はそれなり」なのだろう。
アメリカという国の国民性や社会の仕組みについて僕の好悪を述べようってことではなく、要するにアメリカってのは良くも悪くもこういうお国柄なんだという話。
皮肉なことに、台風の話で名前の出てくるフロリダやルイジアナは先の選挙でブッシュ大統領を勝たせた州だ。
(地図右下部のLAがルイジアナ、FLがフロリダ)
子は親を写す鏡なんて云うけど、それに似て国政の代表者は選挙民の意識を表す鏡なんじゃないだろうか。
人災で被害を拡大した原因の一部は間違いなく選挙民にある。
神や罪や罰なんかではなくて、必然だったんじゃないのか。
翻って我らがニッポン政府のお話。
およそ大部分の政治家に何か後ろ暗いところがあるのでは、と云うものの考え方は、自分が同じ立場に立ったらきっと悪いことをするだろう、と云う意識の裏返しではないかと常々思っている。
僕なんかがまさにそうだ。
皆が皆僕みたいなロクデナシではないけれど、先ず自分からしてこの体たらくじゃ政治なんざ良くならねえな、なんて思う。
遠回りだけど、自分が健全な善い気持ちを持つところからはじめていかないともっと大きい単位の物事だって良くならないんじゃないのかなと。
(ああ、嫌だ嫌だこう云うオキレイな結論。キャラクターじゃない)
先回の僕の更新後、巡回先に僕の予期せぬ位へこんで当面の休筆を宣言していたあるサイトがあった。
けれど、材料や道具の使い方がちょっと違っただけで、目指した結論は似たような場所だったのではないかと思えた。そーっと再開を待ちたい。
あー、とかく言葉という奴は難しい。いや、僕の扱い方が稚拙なのか。
さて、トピックにはおっぱいの話題からいくか。
(その方がらしいから)