今日はちょっと雑感とか。
アルカイダによればアメリカの方々をさんざ引っかき回した大型台風カトリーナは神罰だそうですが(英語記事)、自然災害はただの自然災害であって、政治情勢や国の云々と関係あるか、そんなもん。
前にも書いたかな、僕と僕の父親がある日した会話。
父「新潟の災害な、あれは角栄の時代から悪行を重ねた田中家に神罰が当たったんだそうだ」
僕「はい?」
父「○○さん(父の古い友人でオカルト大好き)がそうやって言ってたぞ」
僕「……あのさお父さん、新潟の災害で一番儲かるのはどの業界かな」
父「そりゃ土建屋だろう」
僕「じゃあその新潟の儲かった土建屋は誰の会社かな」
父「……(3秒ぐらい考えて苦笑)」
僕「神罰どころかご褒美貰ってるじゃん」
別に災害を神罰と呼ぼうが為政者の徳が低いとでかい災害が発生すると言おうがそれは人の勝手だ。
(これが結構あちこちで見るのよ)
ただ、僕はそこに某学会の信者の方が身近な人の幸せを喜ぶときに「○作先生のお陰だね、よかったね」と心から信じ込んでいる状態を見たのと同じような違和感を覚える。
蒙古襲来で吹いてきた台風は神風、幸福の原因は大○先生のお陰、災害は神罰。
これらはある意味全て等しい意識の上に成り立っている。
悪趣味な冗談としてならともかく、こうしたメンタリティを土台に繰り広げられる主張は少なくとも僕を呆れさせこそすれ何らの説得力も産み出しはしない。
もし居たとして、あからさまに目と頭が悪い神様(だって天網恢々なんて嘘だよな)の気まぐれに理由付けするより、鼻くそみたいな実行力でも自分に何ができるか考えるとか、冷蔵庫の残り野菜で旨い晩飯のおかずを考えてる方がよっぽど建設的だと思うんだけどどうだろう。
えーと。
そうした訳で今日僕はポテトサラダを作りました。
(どんな結論だそれ)